格差と労働のシビアな現実
努力が報われない「残酷さ」
ちいかわたちの世界は、お菓子や食べ物が自然に湧いてくる、一見すると夢の国だ。しかしちいかわを含めた住人たちは、草むしり、レモンへのシール貼り、モンスターの討伐などの仕事をし、その報酬で生活している。モンスター討伐では命を落とす危険さえある。
大きな結果を得たり、資格を取ったりすれば報酬が上がる仕組みも現代的だ。ちいかわは給与アップのため草むしり検定という資格を取ろうと一生懸命勉強する。ところが、後から勉強を始めた友人ハチワレだけが合格し、ちいかわは落ちる。しかも同じ試験に2度もだ(3回目に無事合格する)。
子ども向け作品なら、努力した主人公はいつか報われると伝えるため、少なくとも2度目には合格していただろう。だがこの作品はそこを容赦なく裏切り、努力は必ずしも報われないと伝える。社会経験を積んだ人こそ、その残酷さが真実であると実感する。「ちいかわ」の世界は一見ファンタジーでありながら、手触りが異常に現実的なのだ。
「ちいかわ」の世界には、格差もある。ちいかわには懸賞で当たった家がある一方、友人のハチワレは家具も食器もボロボロの洞窟で暮らしている。しかも、その貧しい暮らしを登場キャラたちが誰も指摘しないのも、なんだかひどく私たちの世界に似ている。
主人公のちいかわは怖ければ泣き、失敗すれば落ち込む。優しいけれど、弱いキャラだ。そんなちいかわを友人のハチワレは常に応援し続ける。ただその友情も、単純に美しさだけを描くのではない。
前述の草むしり検定の話では仲が良い分、自分だけ合格したハチワレは初めて友人とともに喜べないことに悩む。一方のちいかわも、自分が落ちた悲しみを抱えながら、最後にはハチワレの形をしたクッキーを用意して合格を祝う。喜びたいのに、祝いたいのに、相手の感情を思い、できない。そんな感じの割り切れなさを描いた上で、それでも友情の美しさを描いたこのシーンに筆者は涙した。
筆者自身、45歳になり新しい挑戦を前に足が止まることがある。若いころより経験は増えたはずなのに、年齢を重ねるほど失敗したときに失うものを先に数えるようになった。そんなとき、推しであるハチワレを思い出す。
ハチワレはどんな困難を前にしても最後は「なんとかなれッ」という口癖とともに行動に出る。また貧しい暮らしの中、お金を貯めて購入したカメラに傷がついても「でも、離れてみればわからないし、味だよね」と笑顔で前向きに捉える。その姿に、「もう一度だけやってみよう」と思える。







