三宅香帆氏三宅香帆氏 写真/渡辺充俊(c)講談社

教科書にも掲載されたことがある村上春樹の短編小説『カンガルー日和』。爽やかな夏の物語として読み継がれてきた作品だが、その裏には「子どもを持つこと」をめぐる男女の葛藤が隠されているという。村上春樹は、この物語に何を託したのか。文芸評論家・三宅香帆が、小説に秘められた「妊娠」のテーマを読み解く。※本稿は、文芸評論家の三宅香帆『「夫婦」不在社会』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

村上春樹作品に横たわる
「妊娠」というテーマ

 実は村上春樹作品においては、ずっと「妊娠」という主題が潜んでいる。

 とくに「夫婦」の間に子どもを持つことについて描かれたのは、短編小説「カンガルー日和」(初出1981年)である。男女がふたりでカンガルーを動物園に見に行く話だ。高校の国語の教科書に載った実績もあるほど(というか私はこの作品を国語の教科書ではじめて読んだのだ)、村上作品のなかではからっと爽快な、夏の素敵な物語だ。

 が、そんな爽快な作品に見える物語でも、意外と比喩を丁寧に読んでいくと、爽快とは言いづらい繊細な主題が潜んでいる。

 結論から言おう。私はこの作品を、「子どもを持つかどうか悩んでいる夫婦の逡巡」を比喩的に描いた小説だと解釈しているのだ。

《「ねえ、まだカンガルーの赤ん坊は生きているかな?」と電車の中で彼女は僕に訊ねた。
「生きてると思うよ。だって死んだっていう記事が出ないもの」
(中略)
「なんだか、この機会を逃すと二度とカンガルーの赤ちゃんを見られないような気がするのよ」》
(村上春樹「カンガルー日和」『カンガルー日和』講談社文庫、1986年)

 僕と彼女は、新聞で「カンガルーの赤ちゃん」の誕生を知った。それ以来ふたりは「カンガルーの赤ちゃん」を見に行くタイミングを待っていた。