丸い巨体が醸し出す不気味さ
「こわい」を体現する“異物”

 島に到着したちいかわたちは、なんだかんだあって、チラシの目的が「セイレーン」という伝説の生物を討伐してくれる者を集めるためだったことを知る。

 このセイレーンがこわい。

 ちいかわやその仲間、島の住民はみな同じぐらいの大きさだが、セイレーンはその50倍はありそうに見える。ちいかわたちと同じく、セイレーンも丸っこくかわいらしい造形と言えなくもないのだが、同じように丸いことが逆に体格の差を際立たせる。

 ナウシカの巨神兵やエヴァンゲリオンの使徒のように、巨大であることはそれだけでこわい。暗いところで目が赤く光るのもゾッとする。

 セイレーンは基本的には陽気な性格だが、力の差が圧倒的であるために、ゆるキャラっぽさが逆に不気味に感じられる。

 ちいかわの世界観に違和感のない造形でありつつも、完全に異物であることは誰の目にもわかる。「こわい」を体現するセイレーンの描かれ方が絶妙だ。

互いに相手を憎む理由が…
2つの「正義」の板挟みに

 討伐の依頼に、ちいかわたちは困惑する。セイレーンが強いからだけではない。

 島民たちはセイレーンに仲間を奪われたために、仲間の救出やさらなる被害の抑止を願っている。しかしちいかわたちは、セイレーンが島民を襲う理由を、島民たちからの依頼を知る前に偶然セイレーンから直接聞いてしまったのだ。

 ちいかわたちはセイレーンの怒りの理由を知っている。一方で自分たちと同じように小さく弱い存在である島民たちの恐怖も理解できる。

 これは単純に正義が悪を討伐する物語ではなく、「怒っている者」と「困惑している者」、そしてその間に立たされた者たちの物語である。島民とセイレーンはどちらにも相手を憎む理由があるのだから、「2つの正義の対立」と言ってもいいかもしれない。

 ちいかわたちは行きがかり上、島民たちに加勢することになる。圧倒的に強いセイレーンから島民たちを守るためでもある。しかし、ちいかわは「これでいいのかな」と戸惑い続ける。その戸惑いは最後まで続く。