破壊と略奪を止められない
現実に通じる対話不全
セイレーンはその力と不思議な歌声で島民たちを襲う。ちいかわたちは何度か対話を試みようとする。力ではなく、話し合うことで解決できないかと考えるのである。
もともとセイレーンと島民は対立していたわけではない。セイレーンの歌声で農作物が豊富に育つようになったことから、島民はセイレーンへの感謝さえあった。セイレーンは味付けの濃い島の食べ物をもらい、喜んでいた。ある時期までは、同じ島で共存していたのである。
しかしセイレーンは怒りによって、島民たちは恐怖によって、対話に臨むことができない。両者の感情的な対立の中で、仲介者たちの努力も虚しい。力による破壊、侵略、略奪を止められないのである。
現実社会でも、互いに被害意識を抱えた当事者同士が対話できなくなる構図は珍しくない。現在も世界で続く紛争の多くもそうだ。対話による平和的解決を誰もが願っているが、両者をその席につかせることが最も難しい。停滞の中で突発的に誰かが暴力的な行為を仕掛け、対話への道筋は一瞬で絶たれる。
どちらに「正義」があるかは、どちらからものを見るかによる。そして適切な仲裁や公平なジャッジが存在しない中では、力の強いものが「正義」になり得てしまう。
「胸スカ」とは真逆のラスト
救いなき連鎖とモヤモヤ感
セイレーンとの闘いは一応の決着を見るが、ラストシーンが示唆するものは復讐の連鎖であり、それが簡単には終わらないであろうこと、である。
強く賢い主人公が「悪者」をギャフンと言わせる「胸スカ」漫画は、今も強い需要がある。『ちいかわ』はそれとは真逆だ。
ちいかわは善良だが無力な存在であり、視聴後には胸スカどころかモヤモヤしか残らない。しかしだからこそ忘れ難い余韻を残すのであろう。物語はシンプルであり、それだけに救いのなさがよく伝わる。
かわいらしいちいかわが私たちに見せるのは、どうしようもない現実の哀しさだ。こんな恐ろしいリアリズムがあるだろうか。







