The Legend Interview不朽
「週刊ダイヤモンド」1973年6月16日号に、「やっぱり総会屋は必要だ!」という記事が掲載されている。筆者は、数多くの伝記文学を手がけた直木賞作家の杉森久英(1912年3月23日~1997年1月20日)である。

 総会屋とは、株式会社の株主としての権利行使を乱用し、株主総会で議事進行を妨害したり、逆に会社の味方をして他の株主の質問を抑え込んだりして、企業から不当な金品や利益を受け取る者のことだ。昭和の時代には上場企業に深く食い込み、80年代初頭には約6800人に達していたとされる。

 新聞や雑誌では、経営者から金品を受け取り、株主総会を意のままに操る「民主主義の敵」として描かれることが多かった総会屋だが、杉森はそうした単純な悪役論には乗らない。自身がかつて、ほとんど何も知らないまま株主にされ、形だけの総会に出席した経験を振り返りながら、総会屋がいなければ、今度は「たった1株しか持っていない」株主が総会で長々と発言し、会社に食ってかかることもできる、と論じる。

 そして、“公害企業”に患者たちが1株ずつ買って株主総会に乗り込んだ事例を取り上げ、「正義の味方」を自任する人々の行為にも、総会屋と同じ論理が働いていると皮肉る。

 確かに100万株を持つ株主も1株しか持たない株主も、法律上は株主である。だから1株株主の発言を封じることはできない。しかし、法的な権利が同じであることと、経営への影響力まで同じであることは本来別の問題だ。杉森は、その奇妙な“ねじれ”を面白がっている。

 その総会屋も、82年の商法改正(利益供与禁止・単位株制度)、さらに97年の総会屋利益供与事件を機とした厳罰化により、2000年代にはほぼ姿を消した。現在その姿を目にすることはほとんどない。

 だが、「少数株主が強い発言力を持つ」構図そのものが消えたわけではない。むしろ現在は「物言う株主」と呼ばれるアクティビストが、その役割を担っている。26年6月の株主総会シーズンでは、株主提案を受けた企業数こそ前年の過去最多(111社)をやや下回る101社だったが、うちアクティビストなど機関投資家による提案は52社と、こちらは過去最多を更新した。

 もちろん、金品を要求し、総会を混乱させる総会屋と、経営改革を求めるアクティビストを同一視することはできない。しかし株主という法的資格をてこに会社経営へ強い発言力を及ぼす行為が、現在は正当な資本市場のプレーヤーによって行われているというのは、皮肉な一致といえる。

 最後に杉森は「総会屋と付き合った方が得だと思ったら、構わずやればいい」「不合理の方が合理的なこともある」と結ぶ。単純な総会屋擁護というより、日本社会において制度と現実が食い違うとき、人は往々にしてその不合理を「合理的な選択」として受け入れてしまうという、人間心理を面白がっているようにも読める。経済記者でも財界人でもなく、あくまで人間観察を旨とする作家らしい視点である。(敬称略)(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

最初で最後の
株主総会の思い出

 私はある会社の株主だったことがある。従業員100人くらいの会社で、私はそこのある部の部長だった。それまでその会社は個人経営だったが、前年の営業成績が良かったため、税金がごっそり来たので、法人組織に切り替えるついでに、ちょうど組合攻勢が激しかったので、社員の中の主な者何人かを組合に取られないため、株主にしたのであった。

 従って、株主になると同時に、白紙に自分の名前を書いて、ハンコを押したものを1枚会社へ渡したきりで、株券というものを見たこともなければ、配当金というものをもらったこともない。もしかしたら、もらったかもしれないが、私の記憶には残っていない。

 その会社は法人になる前の年の成績が良かったため、次の年は税金の支払いに追われ、おまけに売り上げもガタ落ちになったため、毎年ものすごい赤字で、あちこちの支払いができないばかりか、社員の給料も払えず遅配と欠配が続いた。

「週刊ダイヤモンド」1973年6月16日号「週刊ダイヤモンド」1973年6月16日号

 そういうころ、株主総会が開かれた。集まった顔触れは、社長と、社長の親戚で、その会社の重役をしている何人かと、社員の中から株主にされ、白紙委任状を取られている何人かで、いつもの会議と同じように、社内の会議室に集まった。別に社外に一室借りるわけでもなく、外から知らない株主が来るわけでもない。

 定刻になると、庶務のおじいさんが、淡々と書類を読み上げるだけで、

「ご異議はございませんか」

 一同黙って、天井を見上げたり、窓の外を眺めたりしていると、

「ご異議ないものと認めます」

 それでおしまいである。何の変哲もなかった。次に社長の兄さんで副社長をやっている人が立って、

「今期はたいへん成績が悪いので、諸君にはボーナスがあげられない。差し当たり、一般社員諸君には、1カ月分だけ出すことにしたが、株主の諸君には、何も差し上げられないから、到来物のビールでも飲んで、我慢してもらいたい」

 ちょうどお中元の時期で、取引先から届いたビールで乾杯して解散になった。株主というものは、少しはいいことがあるかと思ったら、もうからない会社というものは、ボーナスさえもらえないものかと、悲惨な気持ちになっていたら、1カ月ばかりして、遅ればせながらボーナスだけは出たので、世間はそんなに不公平でもないものだなと思った。