「年齢を重ねても、自分らしく過ごせる場所がある」。そんな人がいる一方で、仕事や子育てなどの環境が変わった途端、「自分の居場所がない」と感じる人もいる。その違いは、知り合いの多さや、所属するコミュニティの数だけにあるわけではない。大切なのは、自分がどんな人と一緒にいたいのか、どんな場所に心地よさを感じるのかを、自分自身で選んでいることだ。では、老後に自分の居場所を見失いやすい人には、どんな共通点があるのだろうか。『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』の内容をもとに考えてみよう。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
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その場の空気や周囲の期待を優先していないか?
「誘われたから、とりあえず参加する」
「周りがやっているから、自分も合わせる」
そんなふうに、自分の気持ちよりも、その場の空気や周囲の期待を優先している人は少なくない。
もちろん、すべてを自分の好き嫌いだけで決められるわけではない。
仕事や家族のために、気が進まないことを引き受けなければならない場面もあるだろう。
しかし、いつも「行くべきか」「断るべきか」だけで予定を決めていると、自分がどんな人や場所といると心地よいのかが、少しずつわからなくなっていく。
人が多く集まる場所にいても、そこに自分の気持ちがなければ、心から落ち着ける場所にはなりにくい。
年を重ねたあと、居場所を見失いやすい人の共通点。
それは、自分の気持ちを置き去りにすることだ。
「近づきたいか、離れたいか」で物事を判断する
そのヒントになるのが、次の考え方である。
「近づきたいか、離れたいか」で物事を判断する
知り合いからランチに誘われた。返事をする前に、直感的に考えてみよう。その人と時間を過ごすのは、どんな感じだろうか? 近づきたいと思うだろうか? それとも離れたいと思うだろうか? 自分がどう感じているかがわかれば、正しい判断がしやすくなる。
・近づきたい=ランチに行く
・離れたい=ランチに行かない
会社のイベントに参加するよう招待された。参加は必須ではない。たいていのことがそうであるように、参加することにはメリットとデメリットがある。直感から遠ざかってしまうので、そのリストをつくる代わりに、このイベントについて自分がどんな気持ちを抱いているかを考えてみよう。総合的に見て、そのイベントに近づきたいだろうか、離れたいだろうか?
・近づきたい=イベントに参加する
・離れたい=イベントに参加しない
このアプローチは、大小さまざまな意思決定の判断基準として、いつでも使える。もちろん、答えを出すためにもっと複雑な分析が必要な場合もある。それでも、このシンプルな問いが持つ大きな力を見くびらないようにしてほしい。何かを判断しなければならないときは、「近づきたいか、離れたいか」を考えよう。
――『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』より居場所は、誰かが用意してくれるものではない。
誘われたから行く、周囲がそうしているから合わせるのではなく、自分がその人や場所と関わることで、心地よくいられるかを考えてみよう。
気の合う人と会う。少し興味のある集まりに参加する。逆に、無理をしている関係からは距離を置く。
そうした小さな選択を重ねることで、年を重ねても自分らしくいられる場所は、少しずつつくられていく。






