熱意でも、誠意でもなく…「仕事における信用」をつくるコツ〈風、薫る第121回〉

ツヤ再登場「私をここで雇っていただけませんか?」

 直美は飾り棚に飾ってある、胃がんで亡くなった母・文(内田慈)の形見の酒瓶(花瓶代わりになっている)を見つめる。

 あの頃はまだ治療法がなくて残念なことになってしまったが、医学は日進月歩である。

 そこへ、柳生から達筆なお手紙が。さっそく彼の元へ行くと、東京府内の看護婦会の調査があらかた終わったので「その報告と謝意を伝えておきたくてね」と言う。

 都内の派出看護婦会はおよそ60、派出看護婦の数は900名程度。

「君が始めた派出看護婦会は今やそこまで広がった」と柳生。

 直美はなかなかの偉業を成し遂げたのだ。

 内訳は、トレインドナースを中心に組織されたところ、元々病院に勤めていた看病婦たちを集めたところ。看護の知識が全くないにもかかわらず、その者たちを集め、法外な金銭を要求するところと、大きく分けると3種類。

 衛生局としても看過できるものではないと判断し、近いうちに東京府で看護婦の規則が制定されることになった。

 簡単に言えば、看護婦の物差しを決めるということ。

「懸命に」働くというような漠然としたものではなく、看護婦とは何かをルールづける。

 つまり、りんたちがバーンズに習ってきた「The one being questioned is myself.(問われているのは私自身である)」という観念的なことではなく、また、「Observation(観察)」が第一でもなく、もっと具体的に、何を知っていて何ができるかを、それこそ問われることになる。

 たぶん、資格試験的なことが行われるようになるのではないだろうか。

 やっぱり、仕事における信用には漠然とした熱意とか誠意とか精神論よりも、わかりやすい資格があったほうがいいということだろう。何ができるか、が重要視される。少なくとも即戦力を求めている会社だったらそうであろう。

 そこへ、なつかしい人物が再登場する。

 ツヤ(東野絢香)だ。

 病院を解雇されたあと、他の病院で働こうと思ったが、どこでも断られてしまったという。かわいそうに、悪い評判が外に漏れてしまったのかもしれない。あるいは、独学で勉強した看病婦あがりではどこも雇ってくれなかったか。

「私をここで雇っていただけませんか?」