「看護」って何だろう →答えがようやく見えてきた?〈風、薫る第129回〉

共感できないとやがて嫌悪しだす、人間はこの習慣を変えられるのか

 りんと直美が、昔話をはじめる。出会った頃はお互いのことが理解できなかった。

「でもね」
「でもね」

 などとキャッキャウフフしていると、環(瀧七海)が帰って来た。

 ついに絵を新聞の挿絵に採用してもらった。「巣立つ春」という題名の読み物に、ふたつの手のひらのうえに小鳥が乗っている絵だ。やっぱり、タイトルバックの絵は、環が描いた絵の体(てい)のようだ。

 直美は、柳生のところに行く。

「人でなしに何の用だ?」と嫌味で迎える柳生。でも、会わないと言わないのだから、いい人だ。

「本日はお詫びとお礼とお願いに」という直美に「1回で済ませるつもりか?」とさらに嫌味。

 直美のお詫びは「人でなし」となじったこと。

 お礼は、平蔵(太田光)のこと。子どもたちに囲碁を教えるようになって、お酒の量も減ったことを柳生のおかげという。

 お願いは「今後とも恵風看護師会とぜひご懇意にお願いします」という厚かましいものだ。

 柳生の考え方は理解できないが、目的さえ合致していれば、懇意にできると直美は考え直したのだ。

 患者一人一人のために奔走する看護婦と国全体を考える役人。立場が違えば考え方も違う。

「君にできるのか? 人は共感したがるものだ。できないとやがて嫌悪しだす」

 ここでの柳生の言葉は現代にも通じる重要な認識だ。

 共感ばかりが重要視され、共感できないものは排除しようとする。そうではなくて、共感できなくても相手を嫌悪したり全否定したりしない。ゼロ100ではない、余地を残すことを心がけたい。

 りんと直美がお互いのことがわからなくても嫌いにならず、共生してきたように。

 柳生を持ち上げておいて、直美は「新潟のリターンをもう少しいただいてもいい気がする」と切り出す。

 確かに新潟で柳生は、直美たちのおかげで九死に一生を得ている。

 直美のお願いは、りんが看護の本を書いたら、各方面に推薦してほしいというものだった。

 寛太(藤原季節)がいなくなったら、柳生と取引していて、直美はほんとうにしっかりしている。