
共感できないとやがて嫌悪しだす、人間はこの習慣を変えられるのか
りんと直美が、昔話をはじめる。出会った頃はお互いのことが理解できなかった。
「でもね」
「でもね」
などとキャッキャウフフしていると、環(瀧七海)が帰って来た。
ついに絵を新聞の挿絵に採用してもらった。「巣立つ春」という題名の読み物に、ふたつの手のひらのうえに小鳥が乗っている絵だ。やっぱり、タイトルバックの絵は、環が描いた絵の体(てい)のようだ。
直美は、柳生のところに行く。
「人でなしに何の用だ?」と嫌味で迎える柳生。でも、会わないと言わないのだから、いい人だ。
「本日はお詫びとお礼とお願いに」という直美に「1回で済ませるつもりか?」とさらに嫌味。
直美のお詫びは「人でなし」となじったこと。
お礼は、平蔵(太田光)のこと。子どもたちに囲碁を教えるようになって、お酒の量も減ったことを柳生のおかげという。
お願いは「今後とも恵風看護師会とぜひご懇意にお願いします」という厚かましいものだ。
柳生の考え方は理解できないが、目的さえ合致していれば、懇意にできると直美は考え直したのだ。
患者一人一人のために奔走する看護婦と国全体を考える役人。立場が違えば考え方も違う。
「君にできるのか? 人は共感したがるものだ。できないとやがて嫌悪しだす」
ここでの柳生の言葉は現代にも通じる重要な認識だ。
共感ばかりが重要視され、共感できないものは排除しようとする。そうではなくて、共感できなくても相手を嫌悪したり全否定したりしない。ゼロ100ではない、余地を残すことを心がけたい。
りんと直美がお互いのことがわからなくても嫌いにならず、共生してきたように。
柳生を持ち上げておいて、直美は「新潟のリターンをもう少しいただいてもいい気がする」と切り出す。
確かに新潟で柳生は、直美たちのおかげで九死に一生を得ている。
直美のお願いは、りんが看護の本を書いたら、各方面に推薦してほしいというものだった。
寛太(藤原季節)がいなくなったら、柳生と取引していて、直美はほんとうにしっかりしている。







