つまり江戸時代の二八そばは、節約どころか、むしろ贅沢な配合だったわけです。

「二八そば」は風味と実用性を
両立させた黄金の比率

 では、なぜ二八なのか。

 基本的に、そば粉は風味、小麦粉は弾性率(シコシコ感のもとの物性)を上げるのに役立ち、それらを両立させるために江戸期に考案されたのが、そば粉:小麦粉=8:2の比率でした。

 また、麺のつながりやすさは小麦粉が圧倒的に勝るので、風味はないけれども混ぜることが麺作りに適していた。

 その結果が「二八そば」です。風味を維持しながら麺をつなげるための実用的な比率であること、そして「二八」というキャッチーな語呂の良さ。この二つが重なり合って、二八そばは江戸のそば文化を代表する存在になりました。

「にはち」という音の軽やかさが、江戸っ子の粋な感覚にも合っていたのでしょう。

 また、江戸時代、そば一杯の値段が16文(2×8=16)だったことから「二八そば」と呼ばれたという説もあります。

 配合比率の話なのか、値段の話なのか。

 この論争はそば研究者のあいだで今も決着がついていません。おそらくは両方の意味が重なって定着したのではないかと私は考えています。

 現代では、七三(そば粉7:小麦粉3)や、九一(そば粉9:小麦粉1)など、さまざまな配合も試みられています。

 そば粉の比率を高くするほど風味は強くなりますが、つながりにくくなるため技術的な難度が上がる。逆に小麦粉の比率を上げれば扱いやすくなりますが、そばの風味は薄まります。

 二八は、このバランスがもっともよく取れた比率として、長い歴史のなかで生き残ってきたのです。

 ちなみに、二八の「二」に使われるのは、小麦粉だけではありません。

 地域によってさまざまなつなぎが使われてきました。つなぎの選び方ひとつにも、土地の知恵が凝縮されています。

 そばのつなぎは、大きく分けて3つの系統があります。

 第一は小麦粉です。