このジレンマは、上司とのジレンマにも通じます。たとえば、「相談対応は○分以内」という部署の基準を上司が作った場合、現場の職員がその基準と実際の対応との間で板挟みになることがあります。また、「上司に交替する」といったマニュアルがあったとしても、家庭訪問や公共交通などのように部署や業務の内容によっては交替できないような1人仕事の場合があります。組織が「職員を守る」「カスハラには毅然と対応する」といかに謳おうと、現場の現実との間ではジレンマが生じてしまうのです。
迷惑な苦情の中に行政が解決
すべき問題が潜むこともある
表面上は迷惑行為や悪質クレームに見えても、そこに「行政が真に解決すべき問題」が内包されていることもあります。行政の手続き上の不備や難しさ、制度に問題があるのだとすれば、そのクレームは聞き入れるべきものといえるでしょう。ただし、現場の職員には、それが自分に対する攻撃に見えてしまうのです。
『クレームvs公務員――「住民の声」というジレンマ』(山谷清秀、筑摩書房)
たとえば、「保育園の声がうるさい」や「工事現場の音がうるさい」といった苦情は、迷惑行為や悪質クレームとして扱われることがあります。しかし申し出た住民が「うるさい」と感じているのは事実です。そのため、その住民の申出をカスハラとして無視すると、何らかの助けを必要としている住民を排除してしまうことになります。
よく自治体職員からは「これは末端の自分に言われても仕方がない」や「制度上どうにもならないことを言われた」といった体験談を聞きます。行政内部にいる職員にとっては、自分の業務とは関係のない内容の苦情を言われても、勘弁してくれ、と思うかもしれませんが、それは住民の立場からはわからないことです。
その通りかもしれませんが、行政の外にいる住民にとってはわからないことです。むしろ何らかの問題や困難があって、それを言いに来ているのに、それを「仕方のないこと」や「行政のルール上できないこと」などとして断ること自体、住民の抱える問題が解決されないどころか、場合によってはカスハラを惹起することにもつながります。
住民対応から逃れられない以上
行政のカスハラはなくならない
そもそも行政は住民対応から逃れられません。そのため、筆者は「カスハラはなくならない」と考えます。業務において、住民とのコミュニケーションはつきものなので、その中には、対応に時間がかかったり、業務外のもの、住民が怒って暴言が飛び出たりすることがあるからです。
すべての住民が決して怒らず、行政の部署の担当業務を完全に理解していて、制度や仕組みの多少の不備を理解し受け入れてくれて、かつ、職員の対応力も万全であれば、カスハラは起こらないかもしれませんが、そんなことはありえません。
公務員の仕事の柱が苦情対応だという人もいるように、苦情対応が行政の責任となる点はカスハラの議論においても忘れてはいけないでしょう。







