要するに意識・無意識を含め、既成の基準で選ぶこと自体が、真の新規性や意外性を排除してしまう。誰も見たことのない未知の可能性は、選別の網の目から容易にこぼれ落ち、あるいは「摘み取られて」しまうのである。
非連続なイノベーションが企業の命運を握る現代において、選別基準の中に潜む「既視感」こそが、組織にとって最大の敵であるといっても過言ではない。
「選抜の精度」を高めるための
努力は無駄でしかない
しかし、過去の成功体験によって骨がらみになった組織の常識は、そう簡単には変わらない。成功体験が長期間続き、それが人事制度や組織慣行のレベルまで深く浸透していれば、メンバーはその仕組みを改めるどころか、疑うことさえしなくなる。
彼らの関心は、いかにして「選別の精度」を高めるか、いかにして「外れる確率」をコンマ数パーセント下げるかという、枝葉末節な改善に向けられ続ける。
その象徴が、近年加速している「エリートの早期選抜」や、AIを活用した「科学的選抜」の熱狂である。
けれども、どれほどAIの演算能力を高め、精緻なプロファイリングを行っても、「既視感の罠」がある限り、選別には限界がある。むしろ選ぶことによる弊害、すなわち選ばれなかった多数の社員のモチベーション低下や、選ばれた者の慢心や傲慢、あるいは期待に応えなければいけないというプレッシャー、そして独創的な異能の排除のほうが、組織に与えるダメージは大きくなっているのではないか。
ここにおいて、私たちは思い切って発想を転換させる必要がある。それは、「選ばない」というポリシーの導入である。
より正確に言えば、「事前の選別」を極小化し、誰もが舞台に立てる環境を作ったうえで、「事後的に選別」すればよいのだ。
冷静に考えれば、多大なリソースを割いて事前に厳密な選別を行わずとも、結果を見てから判断すればすむケースが組織運営の多くを占めているはずだ。
中国のトップ企業が
実践する人材哲学
ここで参考になるのが、中国のハイアール(海爾集団)やギャランツ(格蘭仕)といった急成長を遂げた企業が掲げていた、「相馬より賽馬」という人材哲学である。







