もちろん、誰かが意図的に排除したわけではありません。「もうあなたは不要です」と告げられたわけでもありません。それでも、「自分は主役ではなくなりつつある」という感覚だけが、静かに、しかし確実に積み重なっていきます。

 このとき多くの人は、心の中で2つの思いを同時に抱えています。「まだやれる」「自分の経験は、今後も十分に役に立つはずだ」という思いと、「もしかすると、もう求められていないのかもしれない」という疑念です。この2つは、互いに打ち消し合うことなく、同じ場所に居座り続けます。そして、その居心地の悪さが、定年前後に訪れる「焦り」の入り口となるのです。この焦りは、決してあなただけのものではありません。長年会社人間として生きてきた誰もが、この転換期に直面します。そして誰もが、同じように戸惑い、不安を感じるのです。

 では、この焦りの正体は何なのでしょうか。それを理解するために、まず「所属と承認」という視点から考えてみたいと思います。

自分はここにいていいんだと
思えなくなる日が来る

 定年前後の焦りの根底にあるもの。それは、「所属」と「承認」の喪失です。

 会社人生を歩んでこられた方は長い間、会社という組織に所属してきました。「○○会社の社員」「△△部の部長」「□○銀行の役員」。こうした所属が、自分のアイデンティティの大きな部分を占めていました。朝起きて会社に行き、同僚と仕事をし、上司に報告する。部下から報告を受け稟議案件を決裁する。その日常の繰り返しの中で、「自分はここに所属している」という絶対的な安心感を得てきたのです。

 同時に、私たちは承認を求めてきました。仕事で成果を出し、評価され、昇進する。その過程で、「自分は必要とされている」「自分には価値がある」という承認を得てきました。この承認が、自己肯定感の源でした。

 しかし、役職定年や定年退職によって、この所属と承認が失われていきます。会社での肩書はなくなり、評価される機会も減り、必要とされる場面も少なくなっていく。このとき、多くの人が直面するのは、「自分は何者なのか」という根源的な問いです。