組み立てやすさにはこんな例もあります。戦車や飛行機で、左右対称形の小さなパーツを取り付ける時に、ともすると左右の違いが分からなくなることがあるのですが、タミヤはそれぞれのパーツの取り付け穴の数や大きさを左右で変えて、間違えずに正しい位置に接着できるように導いています。

 さらに21世紀に入った頃から、タミヤの金型の成型技術に一層磨きがかかりました。飛行機の本体の左右パーツを組み合わせて流し込み接着剤が付いた筆を近づけると、毛細管現象で合わせ目に入り、接合面が全く分からなくなるほどです。

 近年になって、特にアジア系の模型メーカーの躍進は甚だしく、精密さではタミヤを凌駕するキットも出始めました。ただし押しなべて部品分割が細かくて、パーツ数が倍以上といっていいほど多いものも出てきました。出来上がりは確かに素晴らしいのですが、組み立ては難行苦行です。一方のタミヤは彫刻技術のさらなる向上で、「精密なのにパーツ数が驚くほど少ない」製品を一貫して開発しています。まるでパーツ同士が勝手に組み上がっていくほどサクサクと組めます。そう、タミヤのキットは作っていてストレスが無くて楽しく、余力を持って次の塗装ステップに移ることができるのです。

「世界のタミヤ」を築いた
田宮俊作会長との別れ

 それはある方からの突然の電話でした。歴史館のリニューアルオープンを直前に控えた7月のある日、

「松井さん……、お聞きになりましたよね」

「え?何ですか?」

「俊作会長が……亡くなられたと……」

「……」

 意味が分からず、しばらく放心状態です。数日してタミヤから公式発表がありました。2025年7月18日、俊作会長が旅立たれました。90歳でした。

 誰しもいつかこの日が来るとは覚悟していましたが、まさかこんなに早いとは思いもしませんでした。後で分かったのですが、俊作会長に近ければ近い人ほど、思いも掛けない突然の出来事だったそうです。23歳で家業の田宮商事合資会社に入社し、木製模型からプラモデルに転換する一番難しい時期に、若きリーダーとして舵取りし、プラモデルメーカーとしては実質1代で、一気に世界のタミヤに上り詰め、そのまま50年以上業界を牽引し続けた伝説の経営者です。日本中、いや世界中のタミヤファンが涙しました。