セクハラの動機は
「性欲」ではなかった
そして、特筆したいのは、性的な風評を流す男性編集長の意図である。
セクハラと聞くと、相手への性的欲望や支配欲から起きるものを想像する人もいるだろう。しかし、この映画で描かれる編集長の行動には、別の動機がある。
原告女性は仕事ができ、読者アンケートでも評判が良く、若いスタッフたちからも慕われていた。編集長は、自分よりも若い女性が高く評価されることを面白く思わず、彼女の評判を落とすために噂を流したのだ。
そしてその悪い噂を社長も半ば信じてしまう。
嫉妬という感情は、もちろん男性同士の間でも起こる。政敵や仕事上のライバルを貶めるために、あの手この手を使うというのも珍しい話ではない。
誰しも、誰かに嫉妬した経験はあるだろうし、逆に誰かから嫉妬心をぶつけられて困った経験のある人もいるだろう。仕事上での嫉妬がいかに厄介なものかは、男性もわかるところが多いはずだ。
そうした視点からこの裁判を見ると、セクハラを自分とは無関係な出来事として片付けられなくなるのではないか。
嫉妬や劣等感は、必ずしも自分の意思で抑え込めるものではない。しかし、その感情をどう扱い、どんな行動を取るかは別の問題だ。
また、セクハラの加害者について、周囲が「そんなことをする人には見えない」とかばうケースもある。
しかし、性的な嫌がらせの背景には、必ずしも性的欲望があるわけではない。嫉妬や敵意が性的な中傷という形で表れることもあると考えれば、加害者の行動を理解する手がかりになるだろう。
仕事上のライバルを
「性的な噂」で攻撃する理由
もうひとつ、考えさせられるのは、編集長が流した風評の内容である。
「男遊びが激しい」「毎晩飲み歩いている」というのは、男性に置き換えた場合、同じような悪評になっただろうか。
昭和の職場は、圧倒的な男性中心社会だった。男性ならば複数の女性と関係を持っていることが「モテる」と好意的に受け止められた可能性が高いし、毎晩飲み歩いたとしても、さほど問題視されなかっただろう。
一方、原告女性は「女性なのにこんなことをしている」という理由で評判を落とされたのだ。
「男遊びをしている」という噂は事実ではなかったが、週刊誌はまことしやかに原告女性の「噂」を書き立てた。
自分より仕事ができる「若い女性」であったことが編集長の嫉妬を駆り立て、さらに「若い女性」にあるまじき行為として性的な風評を流した。
女性は男性より一歩引いているべきであり、男性を立てるのが女性。そして大人しく慎ましやかにしていなければならない。そういった押し付けられた「女性らしさ」が、性的な中傷を攻撃の手段として機能させたのだ。
会社側の弁護士は、原告女性がどのくらい酒を飲み、何時まで飲んでいるのかを繰り返し尋ねた。酒好きで派手な女性と印象付けるためだった。
実際の裁判で判決を下した裁判長は、法廷で会社側が原告女性に「女性がそれほど飲むことに対して恥ずかしいと思っていない?」と聞き、女性が「なぜ女性がお酒を飲んだらいけないんですか?」と問い返した際に、会社側の問いに疑問を持ったのだという(日本テレビ『ザ!世界仰天ニュース』「日本初と言われるセクハラ裁判 歴史を変えたその判決とは」)。







