あすかは、今から28年も前、私が最初に司会になった「TIME3」の新人ADとしてやって来てからずっと共に歩んできたもっとも古いスタッフの1人(もう1人は藤本和也ディレクター)。ノリだけで仕事をしているような子でしたが(笑)、頭の回転が速く、今では藤本と並んで超ベテランディレクターです。
そんな昔からの仲間が、私のこれからの人生を支えてくれようとしていることに感銘を受けてしまうのです。現代は流行のサイクルも速く、番組もリニューアルされることが普通になって長寿番組がほとんどありません。「とくダネ!」のような長寿番組に携われたことで貴重な人間関係を築けていることを誇りに思います。
原稿なしでも
言葉が自然に出てきた
楽屋に入り小倉智昭さんの所に挨拶に行こうとしたら、光安和紀、永野陽子、尾藤光、君島龍一といったディレクターたちが来てくれました。
思わず、「おお、みんな元気か?」と、うれしくて声をかけると、
「笠井さん、逆ですよ」
「笠井さんこそ、大丈夫ですか?」
と聞くので、「大丈夫じゃないよ!」と強く返したら大爆笑。やはり、気心の知れた仲間はいいものです。
すると、楽屋から出てきた小倉さんが、
「笠井くんはいいよな。こんなにみんな来てくれて。俺ががんの時なんか誰も来てくれなかったよ」
と、さみしそうにわざとボヤくので、楽屋前は再び笑いに包まれました。そう、悲劇の主人公を気取っていてはいけません。平常心で自分の病状と心境を視聴者の皆さんに届けよう、そう思いました。15~20分にわたり自分のことだけを自分の言葉で「生」でしゃべるなど、通常アナウンサーにはないことなのです。
時計の針が8時を回り、一世一代の生放送の時間となりました。
「笠井くんがフジテレビを辞めるといってスタジオで送り出したのが3カ月前のこと、こんなに早く戻って来るなんて思わなかったよ!」
小倉さんらしい物言いで、私のコーナーが始まりました。なぜかわかりませんが、妙に落ち着いている自分がいました。
だいたいの話の流れは思い描いていましたが、原稿などは書きませんでした。なのに、するすると言葉が出てくるのです。ここまで、自分は相当な体験をしてきたんだなと話しながらわかりました。







