葛藤のなかで得られた「人間的深み」

――それがきっかけだったわけですね。

髙口:そうですね。営業部のときは道の歩き方が今までの人生経験やコミュニケーションのなかでOSとして入っているというか、そもそも自分でも向いてると思っていたので、それなりに効率よく、成果も出せていました。

 でも、その分仕事そのものに対する葛藤とかはなくて、新しい学びや人としての深みみたいなものは足りてなかったと思います。悪く言えば器用貧乏と言いますか、想定内のキャリアだったんですよね。

 でも、向いてない、わからないところにいって、初めてのゲームをルールから覚えて、いいからやるしかないみたいな経験をすることで、思っていた以上に自分は頑張れるのかもしれないと知らない自分に出会うことができました。

――なるほど。がむしゃらにやることが大事だったんですね。

髙口:最近はスマートさが美化されがちですが、やっぱり人間的な魅力って偶然の状況や環境対応のときの泥臭さとかに出ると思うんです。

 しかも、あの当時は投げやりでもあったというか、もう失敗してもいいから、とりあえず全力だけは出そうみたいな感じだったからこそ壁を破れましたね。

――そういった経験を経て、配属への不満問題についてどう思いますか?

髙口:不満はありますよね。私もそうだったので気持ちはわかります。ですが、場や機会は雇用される以上他者が設定しますから。

 でも、自分のことは自分が一番知っていますから、「こう生かしてよ」と思うのは当然のことです。

 その前提のうえで、もしお伝えできることがあるとするならば、自分ですぐに環境を変えられないのであれば、与えられた機会や環境には今後に自分にとって必ず意味があると捉え、まずはそこで1回だけ全力を尽くしてみるのが大事ということじゃないでしょうか。

 これは精神論的な話ではなくて、なんでも全力を出してみないと楽しさや意義は見えてこないと私は思うんです。景色と同じで、今いる場所から想像する景色と、実際に行ってみたときに見える景色は違うものです。

 やってみたら想像以上に楽しいってことや、辛いけれど自分の中ではこれは身に着けておいて損はないと気づくことがあったりしますし、逆にほかの人が考えなかった視点を取り入れたやり方を思いついたりすることもあります。

 それでもどうしても合わなければキャリアを考えればいいのかなと。