だが、漆間副長官は早くから、周囲に「内閣人事局なんてできたら、人事は自分とは別の人がやることになるのか」と心中の苛立ちを洩らしていたという。

 実は、漆間氏は、昨年9月、麻生太郎政権の発足に伴い、各省庁の事務次官が一同に会して、事実上、様々な政府の方針や法案を決定する場である「事務次官会議」の主宰者、つまり、事務職の内閣官房副長官の座に就いた人物だ。

 現行の内閣法の規定では、官房副長官の定員は3人と決まっている。ところが、自民党政権では長年、事務職の副長官以外の2人の副長官に、衆、参両院の政治家を1人ずつ充てることを慣例にしてきた。それゆえ、各省庁の官僚のトップである事務次官たちの集う事務次官会議を主宰する、事務の副長官こそ、歴代、「全国に自衛官を抜いて30万人は存在する」と言われる国家公務員の頂点のポストとなってきたのだ。

 ところが、事務次官だけでなく、その下の局長や審議官といったクラスまで含めた各省庁の幹部人事を所管する内閣人事局長というポストが新たに誕生すれば、この事務の副長官ポストの「官僚ナンバーワン」の座を脅かすことになりかねない。それゆえ、漆間氏は昨年11月頃から、人事局の設置によって、官僚秩序のトップたる自分の地位が揺らぐとの強い警戒感を洩らしていたというのだ。

 だが、漆間副長官の心配を他所に、内閣人事局構想はいくつもの大きな壁に遭遇、骨抜きや焼け太りの危機に瀕しながらも、なんとかひとつずつハードルを乗り越えて、実現に近付いてきた。権限の委譲に難色を示して猛烈な抵抗を見せた人事院の谷公士総裁の反乱は、そうしたハードルの一例に過ぎなかった。

自らの権力強化を目論む
漆間氏と自民党改革派の暗闘

 そして、今年1月。漆間副長官は「国家公務員制度改革の工程表」の原案の作成作業が本格化すると、最初の牙をむいた。「国家公務員法等の一部改正の基本方向」との表題がついた問題の原案の「内閣人事・行政管理局の組織」という部分に、あえて

1)内閣官房に内閣人事・行政管理局を置く。
2)内閣人事・行政管理局に、内閣人事・行政管理局長を置き、内閣官房副長官をもって充てる。

――などと、書きこませたのである。

 関係者らは、当時を「自らの権威を脅かしかねない内閣人事局長を自らが兼任して、むしろ自らの権威の強化を図ろうという意図が透けてみえた」と振り返る。

 このとき、漆間副長官の野望を打ち砕こうとしたのは、自民党の行政改革本部の公務員制度改革委員会だった。1月末になって「事務の副長官が兼務したのでは、官僚支配が強化されるだけで、政治主導は実現しない」などと猛反発。問題の文言を削除させようと圧力をかけた。