「ネトウヨ」と言われる人々のネットでの極端な発言も、耳目を集めている。在日韓国人人口が多い地域でのヘイトスピーチや週刊誌・月刊誌の中での中国や韓国の取り上げ方は、ますますセンセーショナルとなっている。首相の靖国神社参拝も、国民の半数近くが支持しているという世論調査も報じられている。

保守勢力の伸長とナショナリズムの台頭
失われた20年のフラストレーションの発露か

 失われた20年は、日本人の意識を変えてしまったのかもしれない。経済が停滞し、それを打ち破るアクションはとられず、結局は小泉首相の時代を除き、短命の内閣の繰り返しとなった。

 一方において、中国は10%を超える経済成長を達成し、あっという間に日本を追い越し、世界第2位の経済大国として躍り出た。新しいアクション、新しいビジョンを求めた政権交代も、大きな失望に終わった。

 日本の多くの人々が強いフラストレーションを蓄積していったことは、想像に難くない。そのようなフラストレーションが、時には排他的なナショナリズムの高揚につながっていると考えるのは、間違いであろうか。

 北朝鮮拉致問題が、ある意味その分水嶺であったのかもしれない。2002年の小泉首相の北朝鮮訪問によって、初めて金正日国防委員長は拉致を認め、5名の日本人被害者の帰国が実現した。当然のことながら、日本国民の北朝鮮に対する憤りは大きかった。日本は戦後長い間加害者と見られ、低姿勢の外交に徹してきたところ、初めて日本が被害者として声を大にして相手を糾弾することに、躊躇を感じることがなくなった瞬間であった。

 それから10年を超える歳月が経過しているが、この間、韓国大統領の竹島訪問や急速に台頭する中国の拡張的海洋活動、尖閣諸島への挑発的行動などを見て、国民の中に強い反中、反韓感情が蓄積され、反中、反韓の言動に現れて来たということなのだろうか。これに対して、政治家も知識人もその流れに抗することがなくなっているということなのだろうか。