来日したオバマ米大統領に、安倍晋三首相が手土産として渡したことでも話題となった、純米大吟醸<獺祭>。この銘酒を世に送り出した旭酒造の桜井博志社長が、今回は、若手蔵元の旗手である秋田・新政酒造の佐藤祐輔社長を迎えて語り合います。新政の佐藤社長といえば、ジャーナリストから転じて家業に戻り、<No.6>をはじめクラシックな素材や製法で斬新な味わいを醸して次々と新機軸を打ち出し、話題をさらっています。西と北で世代も異なる蔵元ふたりが、日本酒造りへのこだわりや日本酒市場の先行きについて、熱く議論しました。
先祖に培われた技法や道具を
今日の酒造りに活かしたい
桜井 新政さんといえば、「きょうかい6号酵母(編集部注:「きょうかい酵母」は、国税庁・国立醸造試験場が主に採取した、いわゆる“国家認定酵母”。現在、18号まである)」の発祥蔵ですよね。6号はとてもいい酵母だと思います。発酵力が強い一方、穏やかでまろやかな香りがある。
佐藤 新政酒造では現在、秋田県産酒米と6号酵母を用いて、すべての製品を造っています。6号酵母は、おっしゃっていただいたように曽祖父の5代目のころ、当蔵のもろみから採取されました。私が蔵に戻った2007年当時は現役最古ながらほとんど誰も使わなくなっていた古いタイプの酵母ですが、遺伝的には現在主流の清酒酵母の親に当たります。そうした非常にクラシックな素材を、若い作り手が醸すことで、なにか不思議な化学反応が起こるのではないか、という淡い期待から使い始めたところ、狙い通りでした。
桜井 古い素材や技法に着目したきっかけはあるのですか。
佐藤 お酒造りを通じて、日本の文化を追体験したい、という思いがあったためです。蔵に入ってすぐの頃から、いろいろ実験作を造りはじめました。教科書に載っている造り方でも、実際にやってみると、どういう菌がいつ発生して、香りがどう変わって…といった、より細かなデータがとれます。自分自身がさまざまな製法をきちんと理解していくと同時に、そのプロセスを「蔵元駄文」というブログで紹介することで、少しでも多くの人に日本酒の文化的側面を知っていただけたらと思って取り組んでいます。当蔵の蔵人たちに「自分たちのやっている作業が、非常に意義深いものだ」と認識してもらいたい、という意図もありました。
具体的に取り組む内容は違っても、さまざまな情報や技術を集めて試してみる点は、桜井社長も同じようなお考えでやっておられるのだろうと思うのですが、いかがでしょうか。
桜井 酒造りに従事している人間にとって、日々、試行錯誤を繰り返していくことはイロハのイのようなものですよね。最近、新たな発見としては、どんなことがありましたか。
佐藤 ひとつご紹介すると、木桶仕込みがあります。戦前は使用していましたが、メンテナンスが大変ですし、戦後の需要急増期に対応できなくなって、すっかり廃れてしまいました。しかし、木桶をうまく用いれば、さっぱりとした味わいで、個々のもろみの質も安定します。ワインの歴史を紐解いてみても、樽に目が向けられたことで文化がいっそう花開いた点があるように聞きます。私たちが木桶仕込みを始めた出発点は、先祖が用いてきた道具で酒造りを行ってみたいということでしたが、味の面でも木桶仕込みが再評価できるのではないかと思っています。
通常、私たち日本酒の技術者にとって、木の香りというのは実は減点対象になってしまいます。それは、木桶で仕込むことで意図せずついてしまう香りだから。ところが、お客様は吟醸香などに次いで木の香りを好まれるという現実もあります。
桜井 木桶で仕込んだからといって、一般の人達がイメージするほど、木の香りがするわけではないんですよね。木桶に貯蔵しておけば話は別ですけど。
佐藤 おっしゃる通りなんですよね。これまでに分かったのは、上立ちは自然な日本酒の酵母のすっきりした香りがあり、鼻に抜けるときほのかに木の香りがするような、上品なまとまり方をする、ということです。10年ほど前に観光用などで木桶が一瞬ブームになりかけたことはありましたが、私たちは木桶でこそ見える新たな世界があると本気で思っていて、主力の純米酒<やまユ>でお出ししていきます。これほど可能性のある道具なのに、木桶そのものを製造する技術者も少なくなっているのは、非常に残念なことです。
桜井 新政さんの地元・秋田には、もう樽職人はいないんですか。
佐藤 小さい桶ならいますが、酒を仕込むような大型の複雑精緻な樽を作れるメーカーは、大阪・堺にただ1社残っているのみという状況です。