たとえば、胃のSOS。これに反応する筋肉はひじにあるので、SOSが長引くと、ひじの痛みが発生します。また、副腎や胆のうのSOSに反応する筋肉はヒザにあり、ヒザの痛みがでてくる、というように反応します。

ねたみが狂気に
変わる瞬間がある

 「ねたみは決して愚かな感情ではない」そういいきられると、どうも納得できないというかたもいらっしゃるでしょう。とくにねたまれたことによって被害にあったことのある人にとって、ねたみは許すことのできない感情かもしれません。そこで、このねたみが狂気に変わるメカニズムをよく見てみましょう。

 わたしたちは小さい頃から、ねたみはとても醜いものという教育を受けてきました。童話や昔話などには、ねたみは悪い心と教えているものがたくさんあります。その最低の感情を、いま自分が強く感じていると自覚したときの劣等感の苦しみは想像を絶します。そして、なんとか自分の心からねたみという感情を消そうとがんばります。

 しかし体は、そのねたみが重要なものだと知っているので、骨のゆがみをつくってまで感情を守ります。そのため100%の理性を使ってもねたみは消えません。最低の感情をもちつづける劣等感に耐えきれなくなった人が、唯一ねたみを感じずにすむ方法。それは、相手あるいは自分を消す。このとき、危険な行動をおさえる理性はもう残されていません。これが、ねたみが狂気に変わる瞬間です。

 この感情を感じている人は心が広い。こういう感情を感じ続ける人は心が狭い。この感情を感じる人は心が美しく、こういう感情を感じる人は心が醜い。そんなふうに感情に優劣があるのなら、人は広く、美しく、レベルの高い心をもちつづけるために、殺人まで犯してしまうのかもしれません。


 今回をもって当連載は終了です。これまでお伝えしてきた通り、心とからだには密接な関係があり、ストレスは骨にゆがみを生じさせます。

 わたしの大好きな言葉に「あなたはあなたのままでいい」という言葉があります。「うっとうしい」「イライラ」「ねたみ」など、ストレスを引き起こす感情はたくさんありますが、その感情を無理矢理おさえこむ必要はありません。無理におさえようとすることで、逆に骨がゆがんでしまうことが多いのです。感情についているレッテルがはがれたとき、骨のゆがみは、静かにその役目を終えるはずです。