営業からいきなり研修開発担当となったA子さん。日本企業の人事制度の特長の1つに定期的な社内異動、ジョブローテーションがあります。日本企業では、人材育成のプロが専門職として雇用されているケースはほとんどなく、ほとんどの人材育成・研修開発担当者が、A子さんのように「ある日突然、研修開発担当になった」人たちです。そのためか、人事部門で人材育成や研修開発のノウハウを蓄積した担当者が、数年毎に他の職場に異動してしまい、そのノウハウが継承されていかない、といった問題もしばしば起きているようです。そこで、初めて研修開発をなさる方を対象に研修開発の入門書を提供できないか、と思い至り、経営学習研究に関する知見と企業教育関係者の実践知を織り交ぜた「研修開発入門」を執筆しました。
さて、A子さんは「研修はなんのためにやるのか?」という素朴な問いを発しています。企業が研修を行う意味など、当たり前すぎて改めて考えるまでもない、という研修開発担当者も多いと思います。研修開発の仕事は、どうしても研修テーマの立案やワークショップのデザイン、講師の選定など、どのような研修を企画するか、という部分が中心となりがちです。
しかし、研修開発の仕事をするにあたっては、企業が研修を行う意味についてしっかりと理解していないと、どれほど素晴らしい研修を企画しても、企業内研修としての目的から外れてしまう可能性があります。初めて研修開発をなさる方は、一度、「研修はなんのためにやるのか?」という問いについて、じっくりと考えてみるのも、また無駄なことではないでしょう。
「研修はなんのためにやるのか?」という問いについて考える前に、まずは、「そもそも人材育成とはなにか」ということを考えたいと思います。多くの企業で人材育成は企業経営課題として上位に掲げられていますが、いざ「そもそも人材育成とはなにか」といわれると、意外に答えに詰まってしまう人も多いものです。
経営学的には、人材育成とは「組織が戦略を達成するため、あるいは、組織・事業を存続させるために持っていてほしい従業員のスキル、能力を獲得させることであり、そのための学習を促進すること」であるとされています。もう一度、今の一文を読んでみてください。「組織が戦略を達成するため、あるいは、組織・事業を存続させるために持っていてほしい従業員のスキル、能力を獲得させることであり、そのための学習を促進すること」なのです。
いったい、どういうことでしょうか。「組織が戦略を達成するため」というのは、例えば海外での販売網獲得、といった経営上の戦略を達成するために、外国語能力の高い従業員を育てる、といったことが考えられます。また、「組織・事業を存続させるため」というのは、例えば、事業の中核となる熟練工の技術を若手に伝える、といったことが考えられるでしょう。