みんな、俺がマウスピースを吐き出して噛みついたと思っているが、吐き出しちゃいない。怒り狂っていて、あとのことはよく覚えていない。録画を見るかぎり、耳たぶの一部をキャンバスに吐き出したにちがいない。それを指差していたからだ。「おい、拾え」って感じで。実際、向こうは試合後にその断片を拾って縫いつけようとしたが、くっつかなかった。

ホリフィールド(右)の耳を噛み切ったタイソン。レフェリーのミルズ・レーンはこのあと試合を止め、タイソンに失格を言い渡した。(Photo:© Jeff Haynes/AFP/Getti Images)

 ホリフィールドは痛みに飛び上がり、くるりと背を向けてコーナーに逃げようとしたが、俺は追いかけて背中を突いた。金的を蹴ってやりたかったが、突いただけだ。もう町の喧嘩だった。ドクターが調べて続行を許可し、そこで俺はミルズ・レーンから2点減点を食らったが、そんなものはどうでもいい。どのみち、全員敵なんだ。試合再開、やつはまた頭をぶつけてきた。もちろんレフェリーは何もしなかった。だからクリンチしたとき、もう一度、こんどは反対側の耳に噛みついたが、ラウンドが終わるまで試合は続行された。

 そこから大混乱が始まった。俺がまた噛みついたとホリフィールドのセコンドがミルズ・レーンに訴え、レーンは試合を止めた。怒りにのみ込まれて、「マイク・タイソンはイヴェンダー・ホリフィールドの両耳に噛みついたため、レフェリーのミルズ・レーンが失格としました」というリングアナウンサーの声も耳に入らなかった。

 ホリフィールドは自分のコーナーにいた。もうごめんだったろうが、俺はまだつっかかろうとしていた。あいつのコーナーにある何もかも、あそこにいる誰もかれもぶち壊したい。みんなが俺を引っぱり、前に立ちはだかった。やつはコーナーで体を丸め、みんなでやつを守っていた。おびえた顔のあいつに、なおも俺は手をかけようとした。50人が止めに入る。俺は警官とも戦っていた。俺にはスタンガンを使うべきだった。“あの夜はスタンガンを使うべきだった”に、1票。