「閉塞感漂う今の日本を変える唯一の方法は、政治でも善意でもなくビジネスである!」──新著『あなたの仕事は「誰を」幸せにするか?』で著者・北原茂実はそう断言します。社会保障制度の崩壊とともに問題が深刻化する日本の医療業界で全く新たなビジネスモデルを生み出し、「唯一にして最大の成長産業、それは医療だ」とする北原氏の思考法とビジネス哲学を紹介する本連載。第1回は新著の「はじめに」から「ドミノ倒しの最初の一枚になる!」という北原氏の決意をお読みください。
「最初のひとり」として
橋を架ける
ケニアとタンザニアの国境地帯に流れ、ヴィクトリア湖へと注ぐマラ川。その名前は知らなくても、ヌーの大群が横断することで有名な川だといえば、ドキュメンタリー番組などの映像を思い浮かべる方は多いでしょう。2013年、私はアフリカ視察のついでにこの川を訪れました。
脳外科医、経営者。1953年、神奈川県生まれ。医療法人社団KNI(Kitahara Neurosurgical Institute)理事長。東京大学医学部を卒業後、同大学病院脳神経外科にて研修。1995年、東京都八王子市に北原脳神経外科病院(現・北原国際病院)を開設。救急・手術から在宅・リハビリテーションまで一貫した医療を提供すべく、現在は医療法人社団KNIとして八王子市内に4施設、宮城県東松島市に1施設を経営している。開設当初より、「世のため人のため より良い医療をより安く」「日本の医療を輸出産業に育てる」の2つを経営理念に掲げ、より多くの人の“幸せ”のため、「医療を変える」数々の斬新な取り組みに挑戦しつづけている。特にカンボジア、ラオス等の海外において「総合生活産業としての医療」を輸出するビジネス的な試みは、大きな注目を集めている。著書に『あなたの仕事は「誰を」幸せにするか?』(ダイヤモンド社)、『「病院」がトヨタを超える日』『「病院」が東北を救う日』(以上、講談社+α新書)。著者の活動情報はこちらから。
「毎年7月頃、150万頭を超えるヌーの大群がこの川を渡っていきます。ちょうどあのあたりが、テレビなどでもよく紹介される川渡りのルートです」
マラ川を指さしながら、ヌーの生態について説明する現地ガイド。ヌーにとって、川渡りは命懸けのイベントです。水量が多い年には川の流れも速く、おぼれてしまうヌーも少なくありません。また、川の中には腹を空かせたワニが潜んでおり、体力のない子どものヌーなどは、すぐさまワニの餌食になってしまいます。実際、私が見ていた川の畔(ほとり)にも、いくつもの白骨が転がっていました。
「この数年は気候変動の影響で、ヌーが川渡りをする時期を正確に予想するのがむずかしくなってしまい……」
ガイドの説明を聞きながら、私はふと疑問に思いました。
というのも、われわれはガイドの説明を橋の上で聞いているのです。白骨化した死体が転がるポイントからわずか100メートルほどしか離れていない、橋の上で。
交通量の多い橋ではありません。ゲートで封鎖されているわけでもありません。ゾウであろうとキリンであろうと、そしてもちろんヌーであろうと、安全に渡ることのできる頑丈な橋です。
そんなに立派な橋が目の前にあるにもかかわらず、150万頭のヌーは毎年崖を駆け下り、川を渡って、多くの命を落としているのです。過去の習慣を変えることができず、新しい道へと踏み出すことができず、弱きものの命を危険にさらしながら、どう猛なワニの待つ川へと飛び込んでいく。なぜなら「去年もそうしたから」。そして「このルートを進むものだと決められているから」。