しかも消費者は、サムスンを迂回してグーグルからアプリを購入してしまいます。そうしたアプリの販売で利益が出るとしても、それを懐に収めるのはグーグルであってサムスンではない。だからこそ、たとえスマートフォンなどの市場でサムスンが最大の市場シェアを握っていたとしても、業績ではサムスンよりアップルが上、という事態が常態化しています。

 さらに成熟した市場では、人々はコンピューター、携帯電話、タブレット、テレビといったプラットフォームの間を渡り歩く必要に迫られていますが、そうした市場ではアップルのシェアの方が常に大きい。つまり、中国のような市場が成熟していくにつれて、アップル志向は強まりこそすれ弱まることはないのです。

 また、中国のような成熟度の低い市場であっても、動画などの付加価値の高いアプリにおいては、やはりアップルが圧倒的に強いです。言い換えれば、動画について、誰がどういう理由でそれを利用し、どんな人が有料アプリを購入するのか、アップル以上に知っている者はいないのですから。

世界は製品の価値とアプリの価値の
両方でアップルに支配されつつある

 こうして、グローバル市場は二つの軸、つまり製品の価値とアプリの価値の両面においてアップルに支配されつつあります。おわかりのように、どちらも特に複雑な話ではないし、かつてスティーブ・ジョブズが的確に表現したように、「誰でも同じことはできたのに誰もやらなかった」ということに過ぎません。

 ソニーとパナソニックは10年前にこのことを知っていたのに、じっくり考え抜かなかったために大きな代償を支払うことになり、サムスンも今、やはり同じ失敗の代償を支払いつつある。

 アップルのコンセプトは簡潔です。たとえばパナソニックが、「製品を中心に顧客が周回する」といったピタゴラス的な体系を考える場合に、アップルは「顧客も製品もあらゆるものがクラウドを中心に周回する」といったコペルニクス的な世界を見ています。二つの世界観に全く共通点はない。一方は古代的、他方は現代的です。

 クラウドは、松下幸之助の「水道哲学」の現代版と言ってもいい。各家庭で蛇口を捻れば水が出るように、家電製品は十分に入手しやすいものであるべきだ、という考え方です。スティーブ・ジョブズは、クラウド革命によってコンピューティングパワーも水道水と同じように各人の手元に流れ込むことが可能になると、理解したのです。