岸見 「信頼」とは、条件なしに信じる、信じる根拠がなくても信じるということです。なぜそのように勧めるのかというと、他者は「敵」ではないからです。他者のことを、自分を隙あらば貶めようとする存在ではなく「仲間」だと思ってほしい。他者を仲間だと思えない人は、他者の役に立とうとすることができません。それこそ、お茶を出そうなどと思えない。アドラー心理学では、「他者貢献」という言葉を使いますが、他の人の役に立っていると思えたときに、人間は自分のことを好きになれるのです。

「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」という3つのポイントは、アドラー心理学のなかではワンセットになっていると岸見氏。

和田 なるほど。

岸見 カウンセリングに来る多くの人は、「自分のことが大嫌い」だと言います。なんとかして自分のことを好きになってもらいたいのですが、そのためには誰かに貢献しているという感覚を持っていただく必要がある。そして、誰かに貢献しようと思う以上は、その相手が敵であってはいけない。この、「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」というポイントは、アドラー心理学のなかではワンセットになっています。

和田 浮気を疑っている妻は、夫を仲間だとは思っていないわけですね。

岸見 ですから、「形からでもいいから、お茶でも出してみたら?」と勧めるのです。

和田 つまり、全面的に信じるほうが幸せだということですよね。仮に離婚したいならば、探偵でも雇って証拠を集めればいい。そうでないなら、信じるしかないと。

岸見 仮に本当に夫が浮気をしていたとします。そして、家に帰ってくるたびに「どこいっていたの?!」と怒鳴っているのに、ちっとも改善しないとする。ならば、それまでのやり方を変えてみるしかないはずです。でも、やったことがないことをするのには勇気が必要です。次に何が起こるかわかりませんから。夫に優しく接したら、帰ってこなくなるかもしれない。しかし、そういう不安を乗り越えなければ状況は変わりません。

和田 これまでと違うライフスタイルを選ぶ勇気が必要だと。

岸見 はい。アドラー心理学は、反常識の集大成のような面があるので受容してもらうのが難しいのですが、勇気を持って新しいライフスタイルを選べるようになってほしいのです。『嫌われる勇気』のなかで「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない」ということわざが出てきますが、まさにカウンセリングはそういうものなのです。

和田 最後の決心は本人にしかできないということですね。そうしなければ、自分が自分の人生に責任を持つこともできません。心理学で「セルフ・ハンディキャッピング」という言葉があるじゃないですか。山に登ろうと思っていたのに登れなかったら、「初めから登りたくなかった」と言い訳するような。自分を楽なところに置く心理傾向のことです。
私の知り合いに太っている男性がいるのですが彼は自分のことを「モテない、なぜならばデブだから」と言うんです(笑)。でも、そう言いながら痩せようとは思っていないわけです。「太っている」というモテない原因が、モテないことの言い訳に使えるハンディキャップになってしまっている。そういうこじれた感じになってしまうことは、日常でも起こりますよね。

岸見前回の赤面症の話と似ていますよね。