岸見 そうです。実際に何回かカウンセリングしました(笑)。それがきっかけになって、かなり父との関係がよくなりました。それまでは、父から受けた嫌なことばかり覚えていたのです。たとえば殴られた記憶の他には、カレーを作ったときのことをよく思い出していました。私が大学生だった頃、カレー粉を3時間も炒めてルーを作る本格カレーを父に振る舞ったのです。しかし、それを口にした父は「もう作るなよ」と私に言ったのです。

和田 美味しくなかったんですか?

岸見 と、思っていたのです。それが僕の意味づけですね。しかし、よくよく考えたところ、「学生は勉強しなければいけないのだから、こんなに手のかかる料理はもう作らなくていいよ」という意味だったと気付いたのです。そうした気付きができるようになってから、父と仲良くなりました。そうなれば、殴られたかもしれない過去にも意味などなくなりましたね。

和田 自分がそう考えれば過去も変わるわけですね。

岸見 必ず決め手は「私」なのです。私が変わるというところから始めるしかない。

和田 物事をいい方向に考えるトレーニングが大切ということですね。たとえば「もう電話するな」と言われたとしても、もしかしたら相手は電話代がかかることを心配しているのかもしれない。程度の問題はあると思いますが、なるべくいい方向に考えられるようトレーニングをしていくしかないと感じています。

岸見 私も常にそうした考え方ができるわけではありません。『嫌われる勇気』には、「アドラー心理学をほんとうに理解して、生き方まで変わるようになるには、それまで生きてきた年数の半分が必要になるとさえいわれる」と書きましたが、本当に変わろうと決心できれば、その瞬間に違う人生を歩むことができるはずです。だから『嫌われる勇気』をもっと多くの人に届け、世の中を変えたいと真剣に考えています。

和田 本当にそうなるといいですね。

岸見 アドラー心理学は、「今この瞬間、幸せになれる」と言います。こういうと胡散臭いと思われるかもしれませんが、ではいつ幸せになれるのか。先延ばしにしていてはいつまでも幸せになれません。ちょっとした変化が10年、20年後に大きな変化になるのです。

和田 私も自分で実践しつつ、アドラー心理学を広めていきたいと思います。本日はありがとうございました。

(終わり)