アメリカが量的緩和縮小を示唆したことが、どのように新興国経済に影響を与えたのか。2013年に起こったバーナンキ・ショック前後の動向から、振り返ります。過去の新興国危機と同様の構造も残っている一方、過去の教訓から変化した点もありました。
2013年5月22日
バーナンキ・ショックが新興国を直撃
ECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁による「何でもやる発言」や、日本の安倍首相が打ち出した“3本の矢(大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略)”による「アベノミクス」、そしてアメリカの「QE3(量的緩和第3弾)」を通じた長期金利押し下げ政策が奏功し、2013年の各国における資本市場は「リスク・オン」と呼ばれるリスクテイク・ムードに覆われて、株などリスクの高い資産への投資が積極化していました。
アメリカでは常に金融緩和政策の出口戦略が意識されていたものの、物価上昇率は緩慢で、雇用市場も完全に回復していないと見られ、FRBが軌道修正に動くのはまだ先だろうという慢心も漂っていました。そこに冷水を放ったのが、当時のバーナンキFRB議長です。
2013年5月22日は、FRB議長の議会証言が予定されていた日でした。市場には「QE縮小」を懸念する声もありましたが、直前まで金融当局者の発言は景気の不透明感を示すものが大半であり、議長証言に対する警戒感はそれほど強くありませんでした。実際に、その証言内容にも新味はなかったのです。
ただし、質疑応答の際に議長が「今後数回のFOMC(米連邦準備制度理事会)で、債券購入ペースを落とすことがありえる」と述べたことで市場ムードは一転し、株価は急落して長期金利が2%台へ急上昇しました。その津波は日本市場にも押し寄せ、日経平均は一気に前日比1143円の暴落となって、長期金利も1%台へと急騰。ドル円も、103円台から101円台へと急落したのです。
市場が疑心暗鬼に陥る中、FRBの軌道修正への方向性がさらに明確になったのが、6月19日のFOMC後に行われた記者会見でした。その席で同議長は「年末までに量的緩和縮小を開始する可能性がある」と明言し、2014年半ばまでにQE3が終了するシナリオを描いて見せたのです。
市場では5月の議会証言の時と同様の「リスク・オフ」の動きが強まりましたが、今回は特に新興国市場において、きわめてネガティブな反応が生じました。アメリカの金利が上昇局面に入れば、これまで比較的高金利での運用が可能だった新興国市場からドル資金が流出してアメリカ市場に還流する、という見方が強まったからです。
2008年の危機以降、新興国は先進国に代わって世界経済の牽引役として高いGDP伸び率を維持してきましたが、その成長を支えていたのは新興国に流入していた海外資本でした。それが途絶えれば、新興国経済の成長路線が行き詰まってしまいます。しかし「新たな獲物」を狙う投機筋は、容赦なく新興国に襲いかかりました。
市場に狙い撃ちされたのは、新興国の中でも財政赤字、経常赤字といった赤字構造を抱え、GDP比で見る対外債務が比較的大きい国々でした。具体的には、ブラジル、インド、インドネシア、トルコ、南アフリカの5ヵ国であり、総称して「フラジャイル・ファイブ(Fragile Five:脆弱な5ヵ国)」と呼ばれ、特に為替市場でこれらの通貨が急激な下落に見舞われました。
このうちブラジルとインド、そして南アフリカは、中国とロシアとともに「BRICS」と呼ばれ、新興国経済の躍進を代表する国として評価されていた国々です。ちなみに中ロの2ヵ国は経常収支が黒字であり、対外債務も比較的低水準であったことから、投げ売りの対象になりませんでした。