まず考えるべきなのは、「議論を避ける」ことです。
議論というものは、必ず「勝ち負け」が生まれるゲームです。そして、「勝ち負け」には、必ず「負の感情」が付きまといます。それを避けるには、議論を避けるのがいちばんなのです。
議論から逃げるわけではありません。自分の考えを押し殺して、相手に迎合するわけでもありません。相手との対立関係を生み出しやすい「議論」という形を避けながら、相手に自分の意見を認めさせるように工夫するのです。相手を説き伏せるのではなく、相手が本人の意思であなたの意見に賛同するように仕向けるわけです。
ある一部上場の社長に、こんな話を聞いたことがあります。
社内政治の話ではありませんが、非常に参考になるお話です。
まだ、その方が若かったころのことです。
競合企業からリークがあったらしく、勤めていた会社のセールス手法に違法の疑いがあると、官庁から指摘を受けたのだそうです。もちろん、その会社では違法性はないと判断して展開していたビジネスです。そこで、上層部は、官庁に自社の正当性を訴える役目をその方に任せました。
彼は、法律や判例を読み込み、弁護士にも相談をして、「違法性はない」ことを再確認しました。ただし、やっかいな問題がありました。法律の趣旨からすれば些末なものではありましたが、ひとつの条文の解釈次第では「グレー」の判断をされる恐れもあったのです。
弁護士からは「裁判では勝てる」との回答を得ましたが、官庁と折衝するときには、「やぶへび」にならないように十分気をつけなければなりません。だから、担当者と議論になっても勝てるだけの理論武装を万全に準備したうえで、その方は官庁を訪ねました。
相手の「欲求」を利用して、
思うように誘導する
しかし、議論はしませんでした。
教えを乞うことにしたのです。
「いや~、法律というのは難しいですね。この法律もちゃんと理解できないので、ぜひ教えていただきたくて……」
こうして、担当者の自尊心をくすぐるところから入ったのです。幸い、渋面の担当者の顔にも、一瞬喜色が浮かんだそうです。そこで、質問をします。
「この法律の趣旨は、こういう理解でよろしいんでしょうか?」
あえて、ちょっとズレたことを言うと、担当者は「違う違う。そういうことではなくてね……」と説明を始めます。それを、「はぁ」「そうですか」「なるほど」と熱心に聞くわけです。もちろん、すでに知っていることばかり。だけど、そんな素振りはおくびにも出しません。相手に優越感を感じさせつつ、気持ちよく話してもらうように持っていったのです。
そして、「ということは、この条文はこういう理解になりますよね?」などと、準備していた論理に添うように、担当者を誘導していきました。こうして外堀を埋めていって、最後に例のグレーゾーンの条文について「これまでのお話を総合すると、この条文はこういう解釈になるんでしょうか?」と確認。もちろん、自社にとって有利な解釈です。すると、担当者は、「当たり前だよ。君もだいぶわかってきたみたいだね」と返答。これで、一丁上がりというわけです。