その方にとっては、そこで仕事は終わったわけですが、担当者が離してくれません。その後も、しばらく法律談義につき合わされたそうです。まぁ、それもご愛嬌。その担当者にすっかり気に入られて、その後も何か困ったときには知恵を授けてくれるようになったそうです。
誰でも、自分の知識・知見をひけらかしたいという欲求をもっています。そうした欲求をうまく利用すれば、交渉を有利に進められるばかりか、相手の好意まで獲得することができるというわけです。
「相手を言い負かす」のは、
政治的な未熟さを晒しているだけ
その方は、こう言います。
「もちろん、相手を説得するにはロジックが大事ですよ。だけど、理論闘争をしちゃダメだね。闘争すれば相手も勝とうと挑んでくる。あのときに、僕が議論をふっかけていたら、あの担当者も、グレーゾーンのところで“言い負かしてやろう”となったかもしれない。そんなの危ないからね。だから、僕はいつもできるだけ議論は避けるんですよ。教えを乞うたり、バカなふりをしたり、やりようはいくらでもあります。とにかく、相手に気持ちよくなってもらうことが大事。そのうえで、ちゃんと準備していれば、相手を自分の思うように誘導することはできますよ。ちょっと腹黒いですかな?」
相手を味方につけつつ、自分の望むように動かす──。
これこそ、典型的な政治巧者のやり方です。
これは、社外交渉のエピソードですが、この方は、社内外問わずどこでもこういう姿勢で交渉を進めたに違いありません。その後、一部上場の社長に上り詰め、盤石の経営体制を維持している政治力の一端を垣間見たように思います。
本当に強い剣士は、刀を抜かずに相手を倒すと言います。
論理とは、いわば刀です。その刀を磨いておくことは、ビジネスにおいて極めて重要なことです。しかし、その刀を抜くと、敵をつくります。だから、できるだけ刀を抜かずに勝つ方法を考える。それが、政治的な知恵です。
派手な立ち回りをして「相手を言い負かす」のは、政治的な未熟さをさらしているだけなのです。