春音さんの仏壇と遺影

 そのうちの1台は、海岸(石巻湾)から数百メートルの沿岸部に向かう。このとき、防災無線が鳴り、ラジオなどでは大津波が来ることを放送していた。海岸沿いに住む多くの住民が避難所である日和山に向かう中、園児を乗せたバスは山を降りていく。

 大津波警報などが鳴り響き、バスの運転手は日和山に戻ろうとするが、ふもと付近で巨大な津波に襲われた。車内にいた園児5人全てが死亡し、同乗していた添乗員が行方不明となる。運転手は自力で避難した。

 5人の園児の中に春音さんがいた。5人のうち4人の家族が、2011年8月、園を運営する学校法人「長谷川学院」と当時の園長を相手取り、約2億6700万円の損害賠償を求める訴訟を始めた。

まだ裁判を続けるの……?
信じられなかった幼稚園側の控訴

私立日和幼稚園

 西城さんは当時を振り返る。

「本当は、それぞれの教職員を訴えることも考えていたんだけどね。震災当日、子どもたちを守るべきだったのに、それを怠っていたんだから……。教職員の行動には問題があったと思う。その考えは、今も変わんない。4年経っても、娘たちはなぜあのようになったのか、真相はわからないまま。裁判で真相を明らかにすることには、限界があると感じた。これで、幼稚園と仲直りなんてあるわけがない」

 2013年9月の一審判決では、西城さんいわく「全面的な勝利」に近い結果となる。仙台地裁の判決は、「津波の情報収集義務を怠り、高台の幼稚園から海側にバスを走らせた」などと、幼稚園側の過失を認めるものだった。そして、約1億7700万円の支払いを命じた。記者会見で思いが溢れた西城さんら遺族が、言葉が出てこなくなったり、涙を見せたりするシーンが、テレビなどを通じ全国に放送された。

 筆者には、これで裁判が終わるとは思えなかった。被災地で繰り広げられる遺族と施設側の裁判では、施設側が遺族に大幅に譲歩していない傾向がある。「自然災害の中に人災があった」という捉え方は、日本の社会に広く深く浸透していない。遺族らを支える強い世論はない。

 施設側がなかなか譲らない理由の1つは、ここにあると筆者は考えている。判決から約2週間後、幼稚園は控訴した。西城さんは「かなりショックだった」と振り返る。

「まさか……。本当のまさか、でね。『まだ(裁判を)続けるの?』って思った。あれだけの画期的な判決なのに」