話し倒せば意識が変わる、経営が変わる
「六雁」の料理は、既存の枠にはまらない斬新さが特徴ですが、これらの独創的な料理は、月に1度の料理会議で、みんながアイデアを出し合い、試作を重ねて誕生します。固定概念がない分、経験の浅い料理人から、驚きのアイデアが出てくることも。「六雁」では、料理長一人が味を決めるのではなく、全員で新しい料理を創り出しているのです。
今や人気店となった「六雁」ですが、実は、経営的に黒字転換したのは最近のことだといいます。「黒字転換したきっかけは、経営数字を全員に全てオープンにしたこと」。
家賃も原価率も給料も全て公開、全員で数字を共有し、どうやって利益を出せばいいかを全員で考え、話し合うようにしたそうです。数字について理解すると意識が変わり、いい意味で数字に貪欲になりました。すると、たちまち黒字が出せるように。11月は前年同月比140%だったそうです。
このように、「六雁」では、料理、サービスさらには経営数字までも、現場を信じ、任せることで、自主性を引き出すことに成功しています。
榎園さんは人が育つ職場づくりについて「まずは、話して話して話し倒すこと。昔から悪さばかりしてきた、という若者が、『心配をかけた父親のために立派な料理人になりたい』と涙を流して話してくれたこともあります。そんな姿をたくさん見てきたから、絶対に人はコミュニケーションによって変わる、と信じています。
その後は、常に『君を気にしているよ、認めているよ』と声がけをして、温めてあげる。すると自然と人が育つ空気みたいなものができてきます。これからも『六雁』は、この空気を大事にしつつ、時代に合った形で変化し続けてほしいです」と話していました。
「人を育てる料理店」には、一人ひとりが主人公になれる舞台があり、日々を振り返り、客を喜ばせるために切磋琢磨する仲間と、それを見守る熱い師匠の姿がありました。
Reflection
なりたい自分を演じる――その先にあるものにしかなれない
「六雁」の「人材育成」の秘密は、「見えること」「言葉にすること」にあると思います。「見えること」は、フルオープンキッチンに関係しています。ここでは、料理人の所作は、お客様、そして同僚の仲間から、見えてしまいます。そこは、いわば「舞台」であり、料理人は、そこで料理人という役割を演じることで、成長していきます。
僕が榎園さんの言葉で最も印象的だったのは、「舞台の中で演じなさい。まだ準備ができていない、と思うのかもしれないけど、だからこそ、舞台上で演じなさい。演じなきゃはじまらないだろ。演じる先にあるものにしか、人はなれないのだから」という言葉です。非常に考えさせられる言葉ですね。あなたは、「なりたい自分」を演じていますか?
次の「言葉にすること」は、昨晩のお客様の様子を振り返る「事例報告会」、新しいメニューを考案する「料理会義」などに関係しています。六雁では、実に、全員で話し合ったり、対話したりする場面が多いことが特徴です。このプロセスを通して、さまざまな技能、知識が暗黙のうちに伝達されている可能性があります。
これとは対極に、一般的な日本料理の人材育成システムは、昔ながらの徒弟制で、「言葉」はありません。榎園さんがおっしゃるように、「なぜですか?」「理由は?」と聞いたら、殴られることも少なくなかったそうです。また、料理人とお客様は、多くの場合隔絶されていて、お客様から料理をしている現場は「見えません」。料理人がお客様と対峙する場面は、限定されているのです。六雁は、この人材育成をちょうど裏返したかたちで、人材育成に取り組み、今日も、美味しい料理を創り続けています。