僕らにとって大事なこと

 何のために働くのか、仕事は何をもって選ぶのか。こうしたことは誰しも、たとえ無意識であってもどこかで考えていると思う。全員が同じ考え方を持っているわけではないけれど、僕らは基本的には、まず自分たちとその仲間が幸せで充実するということに対して忠実であるように思う。そしてそれが社会に正しい価値を生みだすことにつながっているということが不可欠なのは当然だ。

「贅沢と充実」のどちらがいいかと問うたとき、やっぱり答えは明らかだ。贅沢は慣れて飽きるし、それは幸せを意味しない。

「ステータスと幸せ」はどうだろうか。まずはステータスが欲しいと考え始めると、それは終わりなき欲のサイクルの始まりに思える。ステータスやお金は意味がないというのではまったくなくて、「何が充実か、何が幸せか」をベースに考えるのがいいのではないかということだ。

 日本人は、ずっと幸せになろうと思って一生懸命会社のために働いてきたし、今でも豊かになるために、あるいは幸せを失わないために、一生懸命、技を磨いたり勉強したりしている。それは素晴らしいことだけれど、それだけだと充実や幸せのデザインにはなっていない。幸せのための一部のディテールをデザインしているにすぎず、全体観がない。

 幸せと充実は何で得られるのかをマジメに考えてみると、それはすごく幅広い話のはずだ。好きなことをやっている、いい仲間が周りにいる、家族がいる、やったことが素晴らしいと評価される、誰かに必要とされている、モノをつくっている、人より上のポジションに上る、先々へ向けて希望がある、将来の安心がある、好きな趣味に毎日時間を使える、モテる、進化している実感がある、お金をたくさん持っている……。人によってそれは違うし、優先順位も当然違うだろう。

 メンバーの何人かで、自分にとって大事なことは何かを考えてみたときに、「ビジョン」「自由」「旅」「寿司」そして「家族」という5つのキーワードが出てきた。

「ビジョン」は仕事でのテーマであり、僕らにとっては「こだわりの空間を増やしていく」こと。これがまずは大事だ。「自由」は、やりたいと思ったことをやれる自由がある状態。「旅」ができる人生であること。「寿司」はお金のバロメーターであり、自家用ジェット機はいらないけど、うまい寿司を遠慮なく食べられるだけの経済力はきっちり確保する、といった具合。「家族」は、親や子どもといったいわゆる家族はもちろん、価値観を共有できる仕事仲間もそれに含まれる。

 これらは時としてぶつかることもある。でも僕らにとってはこれらは全部パラレルである。ビジョン実現のために自由を失うという選択の場面はとても悩むし、チャレンジの結果、「寿司」が食べられなくなるかもしれない。でも重要なのは、これら5つが同じように大事であるということだ。メンバーによって多少の差はあるけれど、こんな感覚は共通している。

 優先順位は人によって絶対に違うはずだし、変わることもあると思う。だからこそ、一般論で決められることなんてない。自分にとっては何が大事で、どうやって生きていたいのかをふまえて、そこから考えればおかしなことにはならないんじゃないかと思う。

 不動産選びも、仕事選びも、結婚相手選びだってそうだけど、あくまで自分の価値観に自信を持ってできれば一番いい。そうしていれば、良い働き方ができて、結果的に社会への貢献も、経済的な見返りにも、つながっていくと思う。

 僕らは基本的に一般論は好きじゃないから、ここで言っていることも決して押しつけるつもりはないけれど、やっぱり一つだけ言うなら、僕らは自由でいたい。ボブ・ディランも歌っている。

「朝起きて、自分のやりたいことをやれる人。それが成功者だ」(連載終了)


著者紹介

■馬場正尊(ばば・まさたか)写真左
Open A代表/東北芸術工科大学准教授/「東京R不動産」ディレクター
1968年佐賀県生まれ。早稲田大学大学院建築学科修了。博報堂に4年間勤務後、早稲田大学博士課程に復学、この時期に雑誌『A』の編集長を経験。2003年に設計事務所Open Aを設立、ほぼ同時に「東京R不動産」を吉里、林らと始める。著書に、『「新しい郊外」の家』(太田出版)、『都市をリノベーション』(NTT出版)など。
■林 厚見(はやし・あつみ)写真真ん中
株式会社スピーク共同代表/「東京R不動産」ディレクター
1971年東京生まれ。東京大学工学部建築学科卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーにて経営戦略コンサルティングに従事した後、コロンビア大学建築大学院不動産開発科修了。不動産ディベロッパーを経て、2004年に吉里裕也と株式会社スピークを設立、現在共同代表。
■吉里裕也(よしざと・ひろや)写真右
株式会社スピーク共同代表/「東京R不動産」ディレクター
1972年京都生まれ。東京都立大学工学研究科建築学専攻修了。バックパッカーとして世界を旅した後、株式会社スペースデザイン入社。リクルート創業者の江副浩正氏の元でディベロップメント事業に従事しビジネスを学ぶ。2003年に独立し「東京R不動産」を馬場とともに立ち上げ、2004年に株式会社スピークを林と共同設立。