何が「価格」を決めるのか

ちきりん そういえば私、出版社を通さないセルフパブリッシングで電子書籍を出してるんですけど、そうすると価格を自分でコントロールできるんです。しかも詳細な販売データが手に入る。なので、どれくらい割引をするとどれくらい売上が伸びるとか、逆にここまで高くすると売れないとか、そういうことがわかって、とても勉強になります。

田端信太郎(たばた・しんたろう)LINE株式会社 上級執行役員 法人ビジネス担当。 1975年石川県小松市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。NTTデータを経てリクルートへ。フリーマガジン「R25」を立ち上げ、R25創刊後は広告営業の責任者を務める。その後、ライブドアに入社し、livedoorニュースを統括。ライブドア事件後には執行役員メディア事業部長に就任し経営再生をリード。さらに新規メディアとして、BLOGOSなどを立ち上げる。2010年春からコンデナスト・デジタルへ。VOGUE、GQ JAPAN、WIREDなどのWebサイトとデジタルマガジンの収益化を推進。2012年6月NHN Japan株式会社 執行役員広告事業グループ長に就任。2014年4月から現職。LINEなどの広告営業および、LINEビジネスコネクトによるCRM展開など法人ビジネス全般を統括。著書に『MEDIA MAKERS』(宣伝会議)、『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(共著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

田端 プライシング(※)の勉強になるんですね。

※ 製品やサービスの価格を決めること

ちきりん 私、プライシングが大好きなんですよね。これはもう、ぜひみんなに経験してほしい。

田端 「プライシング大好き」って、すごいですね(笑)。でもプライシングは、僕もすごく重要だと思います。プライシングといえば、LINEスタンプの企業枠って、いま、1枠が4000万円の値付けをさせていただいてるんですよ。

ちきりん 4000万円!

田端 最初は1枠1000万円で始まったので、LINEが浸透し、広告事例も増えるに従って、3年で4倍の水準にまで値段を変えることになりました。ありがたいことに、それでも買ってくださる企業様がたくさんいらっしゃるんです。やっぱり、これだけの値段にするからには、その根拠をずっと考えていたんですよね。それには、LINEスタンプが提供するメディア価値そのものもあるし、週3枠しか売らないというプレミア感からの需給バランスもあります。これまでのネットメディアのバナー広告が、悪貨が良貨を駆逐するようなレッドオーシャンになっているのは、単なるコモディティになってしまっているからです。バナーってどこにでもあって、どんな媒体でも1PVは1PVじゃないですか。

ちきりん ええ。

田端 そしてLINEのスタンプという、これまでの単なるバナーとは違う、新しいネット広告の料金を考えていて、ふと気づいたのは、LINEのようなプラットフォームのビジネスって、いちプレイヤーとしてのプライシングをしているんじゃなくて、マーケット全体をデザインする幹事役としての責任もあるのだな、ということです。そのような幹事役、マーケットメイカーであり、元締めの立場からは、いちプレイヤーとは、見えるものが違うんです。

ちきりん とはいえプラットフォームは他にもあるから、LINEは単なる元締めというよりスタンプ枠という価値の供給者ですよね。供給を絞って価値を上げるか、ある程度増やして総額を大きくするか。プライシング問題なのかな。

田端 もちろん、LINEがすべてを牛耳っている元締めということはまったくなくて、広く見るとプラットフォーム間での競争にもちろん、さらされています。ちきりんさんのおっしゃる通り、プラットフォームはほかにもたくさんありますから。
 そうそう、プライシングで言うと2年前にすごいおもしろいことがあったんです。引っ越しするときに、いらない本をAmazonのマーケットプレイスで売ってたんですよ。そうしたら、300円くらいの中古で買った本が、絶版になったあとに人気が出て、マーケットプレイスで2万数千円まで値上がりしてることがわかりました。これはラッキーと思って、1万9000円くらいで出品したんです。出版されてる何冊かの本の中で、1円だけ最安値になるようにつけました。

ちきりん Amazonのマーケットプレイスって最安値の本が一番上に表示されて、順番に売れていきますよね。

田端 そうなんです。そしてしばらくして見たら、自分よりも1円だけ安くしてるやつがいたんですよ。やけに速いなと思ってまた1円下げたら、相手もすぐ1円下げる。速すぎる。人間技とは思えない。これはもしかして、プログラムなのでは? と思って調べてみたら、マーケットプレイスの大量出品業者向けに、一定の条件に基づいて、常に最安値で応札する自動ウェブサービスがあることがわかりました。そこで、「ははん、だったら一気に1000円まで下げてやろう」と思ったんですよ。

ちきりん 相手がそれに合わせて値段を下げたら、自分の出品はすぐ取り下げて、相手の本を安く誰かに買わせちゃうという作戦?

田端 そうそう。そしてまた、しばらくしたら高値で出品すればいいやと思ったんです。そうしたら、何が起こったと思います? 1000円で出品したとたんに、僕の本が在庫表示画面から消えたんですよ!(笑)一瞬、何が起こったかわかりませんでした。10秒くらいして、「あっ、やられた!」と。おそらくそのライバルが、僕の本を買ったんです。

ちきりん それホント? すごい(笑)。そういうのも自動でできるのかな。

田端 そうだと思います。一杯食わされたのに、このやりとり全体がおもしろくて、部屋で独りで、笑いがこみ上げてきました(笑)。これだからマーケットはやめられないなと。

ちきりん そういう体験って、今ならだれでもできるんですよね。みんな本当にやってみたらいいと思います。