「コンプレッサー? 冷蔵庫の中に入っているあの黒い塊ですか。まったく土地勘がありませんよ」
「単純そうに見えて、なかなか難しい製品だからな。まぁ、企業再生の現場を経験するいい機会じゃないか。詳しいことは海外事業部の田中課長からブリーフィングを受けてくれ」
「……わかりました。出向って、どれくらいの期間なんでしょうか」
まだ納得がいかない風情で健太は尋ねた。
「はっきりとは決まっていないが、1~2年かな。そのくらいあれば、事業を建て直してこられるだろう。君の将来にとっても、中国の事業会社で働く経験は決して無駄にならないはずだ。思う存分、腕を振るってこい!」
柳澤は健太を勇気づけるように送り出した。
不承不承頷いた健太は、退室の間際に気になっていたことを尋ねてみた。
「部長、この辞令は、この前ボツになった私のレポートのせいですか」
「あの例のレポートか。……なるほど、そういう見方もあるな」
柳澤は含み笑いをしながら言葉をつなげた。
「まぁ、余計なことは考えずに、与えられた任務を遂行することだ」
例の特徴的な笑い声を背中に聞きながら、健太は部長室を後にしたのだった。
その足で健太は海外事業部を訪ね、近くの女性に用件を伝えた。
「上海行きの辞令を受け取ったのですが、田中課長はいらっしゃいますか」
「お待ちください。田中さーん!お客さんですよー!」
彼女が大声で呼ぶと、同じ島の課長席に座っていた男性が顔を上げた。健太よりも4~5歳ほど年上のようだ。ひょろっとした痩せ型で、カールのかかった長髪に黒縁の眼鏡をかけており、その表情は見るからに人懐っこい。
「丸山さんですね、お待ちしてました!今から打ち合わせできますか?」
「はい、お願いします」
田中明は満面の笑みで近づいてくると、デスク近くの会議室に健太を案内した。
「丸山さん、このたびは小城山上海への赴任、お疲れさまです。この会社のことはどのくらいご存じですか」田中は席に着く間もなく切り出した。
「今しがた、柳澤部長から聞くまではまったく知りませんでした。どんなところですか?」
「小城山が持つ80の海外子会社の中では売上120億円と小規模ですが、収益的には非常に厳しい状況が続いています」と、温和な表情ながらも真剣な目つきで話し始めた。