バレット 大きな事故が起こった後に新設された規制機関が厳しいのは仕方ないこと。今は保守的な方に寄り過ぎているにしても、時とともにちょうど良いところに落ち着いていくだろう。米国でもTMI事故後、そういう時期があった。ただ、米国は立ち直るまでにそれほど時間がかからないと思うが、日本はとても秩序立った社会なので、いったんそれが崩れると立ち直るのには長い時間がかかるのではないか。全員のコンセンサスを求める社会なので、なかなか前進しない。再稼働に関する知事の了解や、トリチウム水の放出に関する地元漁協の了解を取り付けることなどがそうだ。米国では、そういうことはない。

「安全」の考え方が日米で全く違う
「想定外の事は起きる」前提で対策を

──NRAによる今の規制運用は、新基準の全てを満たさないと合格を出さず、そして現政権はNRAが合格を出した原発でなければ再稼働させない方針だ。これについてどう思われるか。

クライン 米国の場合、NRCは、全ての基準を今すぐ満たさなければ稼働を認めないというのではなく、基準に代替する措置を取り、その代替措置でOKとなれば稼働を認めている。米国では経験や蓄積もあるので、安全とリスクをいかにして折り合いをつけるかが上手に行われていると思う。例えば、確率論的なリスク評価を行い、最もリスク要素の多いところにはより注力をし、そうでない小さなところにはそれほど注力せずとも大丈夫だろう、といったようなさじ加減ができている。

バレット 「安全」に関する考え方が、日米では全然違う。日本はかなり細かく“数字”で決めるなど硬直的。米国はそうではなく、リスクに応じて柔軟だ。日本は一つの選択肢に偏り過ぎており、柔軟性がない。おそらく、以前と同じように稼働させても安全上問題のない原発は幾つもあるが、新設されたばかりのNRAは、とにかく追い詰められた状況で、うまく機能していない。それぞれの原子力事業者が自社プラントは安全上問題ないと申請してきても、それを認めるという判断をする人がいない。

 経済合理性がベースにあり、次に安全性の確保、その上で社会的あるいは政治的にどうかとなる。経済合理性も安全性も大丈夫と判断されたにもかかわらず、政治的に稼働できなかった例は、米国にもある。ニューヨーク州ロングアイランドの原発がその最たるもので、これは技術的問題ではなく政治的問題だった。当時のニューヨーク州知事が大衆迎合的だったという話だ。