パソコンのアーキテクチャを創造するためには、プロセッサに留まらず、パソコンのシステム全体としてのパフォーマンスを高める力が必要になる。そのための研究開発力が成功要因になる。それは、マイクロプロセッサのサプライヤーに求められる、回路設計技術やマーケティング力などの成功要因とは、異次元のものだ。しかし、収益性の薄いパソコンメーカーには、そうした投資を行う資力がなかった。そこに真空地帯があることをグローブは発見したのだ。

 そこで、インテルがパソコンメーカーに代わって、パソコンのプラットフォームに関する研究開発を行う、インテル・アーキテクチャ・ラボを立上げる。そこではプロセッサのパフォーマンスを引き出すために、ソフトウェアの基盤技術の開発にまで取り組んだ。そのために、千人単位のソフトウェア・エンジニアを雇うことになる。従来の半導体サプライヤーとしてのモノの見方からは、ソフトウェア・エンジニアを千人単位で雇うことなど、選択肢としても見えてこなかっただろう。

環境に支配される企業から
環境を支配する企業へ脱皮

 インテルはこうした投資から得られた成果を、自社のチップセットやマザーボードの中に盛り込んだ。それによって、中小企業でも簡単にパソコン事業を立ち上げられるようになり、多くの顧客が新たに誕生した。それによって従来からの顧客であったIBMやコンパックの購買力を弱めることに成功したのだ。ポーター流に言えば、川下のパソコンメーカーからインテルへのパワーシフトを起こしたということになる。

 また、「インテル・インサイド」という一般消費者向けの広告を打ち、ブランドの確立にも成功する。消費者はNECや富士通のパソコンである前に、それがインテルのパソコンであることを求めるようになったのだ。前回コトラーのところで述べたように、まさに顧客の認識を変えることに成功したのである。こうしたアイデアも、自社を半導体のサプライヤーとして見ている限り、出てこなかったであろう。

 このような形で、グローブは次々とインテルの新しい可能性を発見し、環境に支配される企業から、環境を支配する企業へとインテルを脱皮させていった。

 グローブは、「パラノイアだけが生き残る」という有名な言葉を残している。パラノイアとは精神病の一種で、常に不安や妄想に駆られる症状を伴う。環境の変化に対して過敏になり、不安を感じ続けることが生き残る条件だと言っているのだ。

 新しい刺激を取り込み続けることで、無意識の世界が活性化し、そこからある日突然新しい世界観が浮かび上がる脳の構造を、グローブ流に表現したものといえるかもしれない。

 グローブの経験から学べることは、自社をどう見るかによって、ビジネスチャンスの見え方が変わってくるということだ。「自社は半導体製品のサプライヤーであり、その用途は50種類ぐらいある」というモノの見方からは、キルダールの持込案件から見えるビジネスチャンスはせいぜい数十億円だっただろう。

 ところが、「自社はパソコンのプラットフォームを創造する企業である」という見方をすると、途端に10兆円ぐらいのポテンシャルが見えてくることになる(マイクロソフトの時価総額は約40兆円)。半導体製品のサプライヤーという器を超えてインテルの可能性を捉えたことが、その後の飛躍的な成長を可能にした。グローブが全米で最高の経営者のひとりといわれる所以はここにある。