浮気されたら、100%相手が悪いに決まってるでしょ!
時計は12時25分になっていました。窓の外を見ると、少し雲が出てきたようです。
「えっと、久美さん、率直に申し上げるんですが」
「はい」
「それ、多分やめたほうがいいです」
「え、どういうことですか?」
「相手をこらしめてやりたいと思うの、やめたほうがいいです」
「ちょっと意味がよくわからないです。先生、弁護士ですよね? 法律を使ってクライアントの利益を勝ち取るのが仕事なんじゃないですか?」
「それはそうなんですけれども、でも『相手をこらしめるために』と思うと、うまくいかない気がするんですよ」
「いや、先生、『気がする』って……こっちは真剣なんです!」
久美さんが言うこともわかります。このような明らかな不貞の場合、久美さんが慰謝料を請求できるのは明白です。けれども、このまま久美さんが2人を心から恨んだまま慰謝料請求の手続きをしても、離婚を拒否して調停や裁判をしたとしても、そしてその結果たとえ多額の慰謝料をもらったとしても、きっと久美さんが浮かばれない、幸せになれない。そういうイメージがはっきりと浮かぶのです。
「久美さん、もう一度おうかがいします。ご主人に家に戻ってきてもらいたい。それでやり直したいとは、まったく思わないんですか?」
「それは……」
それまで、質問によどみなく答えていた久美さんが、はじめて考えこみました。時計の針は12時30分を指しています。お昼休みが終わるまで、あと30分。私は、久美さんが口を開くまで待つことにしました。
「……そうですね。何もなかったように、やり直しできればそれが一番いいのかもしれません。私たち、普通にうまくいっていたと思うんですよ」
「そうだったんですね」
「そりゃ、新婚のときみたくベタベタした関係ではなくなっていたけど、お互い忙しいなりに一緒に旅行したり、映画を観に行ったり。子どもがいない分、むしろ会話は多かったんじゃないかと思うし。よく、仲のいい姉弟みたいだねって言われていました」
「そうでしたか」
「くそ~。なにがダメだったのかなあ~。そこそこうまくいってると思ってたんだけどなあ~」
久美さんはそう言うと、大きなため息をついてバタっと机に突っ伏しました。少年がねているようなその仕草が、不思議とチャーミングに見えました。
「先ほど、ご主人が子どもは欲しくないと言ってらしたと」
「ああ、そうなんですよね、私もダンナも。結婚してすぐの頃は私も子どもがほしいと思っていたんですけど、なかなかできなくて。そうこうしてるうちに、私も新しいチームのリーダーに抜擢されたりして、すごく忙しくなっちゃったんですよね。夜も遅い日が続くようになって……」
部署が変わったことでご主人とのお休みのタイミングが合わなくなり、気づけばずるずる妊活のタイミングを失っていった久美さん。そして、もうすぐ35歳になろうとするとき、ご主人から「俺は、子どもがいなくてもいいからね」と言われたのだとか。
「そのとき、正直肩の荷が降りたような気がしたんです。子どもが生まれたらキャリアは諦めなきゃいけないし、これで仕事に専念できるという気持ちがあったのは事実です」
「ご主人が浮気されているような様子は……?」
「今思えば、土日、家にいないことが多くなっていたかもしれません。接待ゴルフだとか、仕事が残ってるとか。私も夫がいなければ土日も会社に出やすいし、ご飯作らなくて済むし、むしろラッキーと思っていました。ぶっちゃけ、子どもを作らなくていいと思ってからは、完全にセックスレスになっちゃってたし……」
そこまで言ったとき、久美さんは「あっ」と顔を上げました。