離婚を考えた妻は、何を考え、どう行動するのか? 自分にとって理想的な形で着地する方法を公開したフィクション仕立ての離婚指南書『こじらせない離婚』から、夫も知っておきたい1つのストーリーを紹介します。
あんなヤツ、地獄に落ちればいい!
「すぐに相談したいのですが今日は空いてますか? 昼休みに抜けていこうと思っているんです。45分のカウセリングっておいくらですか?」
池田久美さんは、私がこれまで担当した相談者の方の中でも、1、2を争うくらいの早口の女性でした。久美さんが働いているという広告代理店は、私の事務所から目と鼻の先で、日本でも有数の大手。おそらく仕事も忙しいのでしょう。久美さんは外を歩きながら携帯電話で連絡してきているようです。
「ご相談は、どんな内容でしょうか? 事前にお調べできることがあったら、しておきますので」
「離婚の慰謝料の相談です」
電話口で彼女は、「昨夜突然夫に離婚を切り出された。夫はそのまま家を出て不倫相手の家に行ってしまった。しかも相手は妊娠している。このような場合の慰謝料の相場や財産分与について聞きたい」と、ひと息に話しました。
「わかりました。では、12時にお待ちしておりますね」
相手から離婚を切り出されて相談にいらっしゃる方は少なくありません。相手から切り出された場合は、心の準備ができていないことがほとんどです。久美さんが、「45分しか時間がない」と言っていたのがちょっと気になりましたが、ひとまず彼女の到着を待つことにしました。
「はじめまして。池田久美と申します」
「はい、原口未緒です」
白シャツにネイビーのパンツを颯爽と着こなした久美さんは、12時きっかりに事務所にいらっしゃいました。名刺を差し出されることは珍しいので、つい、じっと見てしまいました。大手広告代理店勤務で、肩書は「コミュニケーションデザイナー」とあります。早速お話を聞かせていただこうと思ったら、私の質問よりも早く久美さんがこう言いました。
「あんな女、地獄に落ちればいいのに」
「え? 女、ですか?」
「そうです。よりによってうちのダンナも、あんな女と再婚したいだなんて、バカじゃないかっつーの」
……闇は深そうです。
久美さんは、ご主人とは仕事で出会ったこと。スポーツメーカーの社員で、久美さんが広告宣伝を担当する商品の開発担当者だったこと。その宣伝プロジェクトが話題になって、久美さんもご主人もそれぞれの会社で賞をもらったこと、打ち上げがきっかけで付き合うようになったこと、ご主人は4歳年下で結婚8年めだということなどを話してくれました。
「そして、そのプロジェクトで私のアシスタントをしていたのが、ダンナの不倫相手のさゆりです」
「え? 久美さんの部下だったんですか?」
「そうですよ。あいつ、仕事はできないくせに、なんでも自分でやりたがるからミスも多くて、私がどれだけケツ拭いてやったと思ってんだか。その恩を忘れて影でコソコソ、人のダンナに手を出しやがって……」
……やはり、闇は深そうです。
さゆりさんは、今も久美さんと同じ会社の別の部署で働いているとのこと。久美さんにとっては離婚を切り出されただけではなく、その相手が昔の部下、しかも妊娠しているとなると、たしかにやってられない気分にもなるでしょう。
慰謝料をぶん取って復讐してやりたいんです!
「で、先生におうかがいしたいのですが、私、さゆりからいくら慰謝料取れますかね? さゆりから慰謝料とって、さらにダンナからとることも可能なんでしょうか? あ、それよりも、『絶対離婚してやらない』と言い張ったほうがダメージ大きいのかな。離婚できなければ、さゆりはシングルマザーになるしかないですもんね」
「ちょ、ちょっと久美さん待ってくださいね。えっと、久美さんは離婚されたいんですか? それとも、離婚したくないんですか?」
「正直、それはどっちでもいいです。とにかく、あの2人が一番困ることをしてやりたいんです。復讐です」
「……」
「だって、許せないじゃないですか。私には子どもはいらないって言ったくせに、あんな男に媚びるしか能のないバカ女と……」
綺麗に整えられた爪が、怒りのせいかぐっと握った手のひらに食い込んでいます。久美さんは知的な雰囲気で、どことなくキャスター風の綺麗な顔立ちをしているのですが、今はぐっと奥歯に力を入れているからか、顔がこわばって見えます。
「先生には、とにかく、私が彼らに対して一番ダメージを与えられる方法を教えてほしいんです」