「0」から「1」を生み出す力を日本企業は失っているのではないか? そんな指摘が盛んにされています。一方、多くのビジネスパーソンが、「ゼロイチを実現したいが、どうしたらいいのか?」と悩んでいらっしゃいます。そこで、トヨタで数々のゼロイチにかかわった後、孫正義氏から誘われて「Pepper」の開発リーダーを務めた林要さんに、『ゼロイチ』という書籍をまとめていただきました。本連載では、その一部をご紹介しながら、「会社のなかで“新しいコト”を実現するために意識すべきエッセンス」を考えてまいります。

 

「優秀な人だからゼロイチができる」はウソ

「優秀な人だからゼロイチができる」
 ビジネスパーソンと話していると、そのようなニュアンスの言葉をときどき耳にします。そして、多くの場合、そのあとに「だから、自分にはできない」という言葉が続くのです。

 しかし、僕は、これは間違った考え方だと思います。
 むしろ、会社のなかで「1番手」と目されるエリートグループに属する人よりも、「2番手、3番手」以下のグループに属する人のほうが、ゼロイチのプロジェクトにかかわるチャンスが多いと思うのです。

 僕自身がそうでした。
 僕がはじめてゼロイチにかかわったのは、トヨタ入社3年目のことです。
当時、僕が配属されていたのは実験部というセクション。そこで、コンピュータによる解析を担当していた僕は、依頼された解析を行うのが仕事で、何かひとつの車種の開発にどっぷりかかわる立場ではありませんでした。「モノづくり」がしたいと希望していた僕にとっては、正直、不本意な配属。ところが、ある日、上司から「いまの業務と兼務で、LFAの仕事もやってほしい」と打診されたのです。

 LFAとは、同社初のスーパーカー「レクサスLFA」のこと。一台3750万円もする”尖った車”を開発するのですから、それまでのトヨタにはない発想が求められる刺激的なプロジェクトです。僕には願ってもないチャンス。時間が過ぎるのも忘れて、LFAの仕事にどんどんのめり込んでいきました。そして、この経験が、僕の一風変わったキャリアの出発点となったのです。

 では、なぜ実績のない僕に声がかかったのか?
 僕が、まだ若かったということもあり、「2番手、3番手」どころか、実験部のなかで「ペーペー」の存在だったからです。

 当時、LFAはまだ量産の正式なGOサインが出る前の先行検討の段階にありました。つまり、製品になるかどうかさえ未知数のプロジェクト。一方、量産が決まっている優先度の高いプロジェクトは、ほかにたくさんあるわけですから、実験部の屋台骨を支える中核メンバーは、そっちのプロジェクトに駆り出されます。そこで、消去法的にLFAの仕事が僕に回ってきたのです。

 これは、決してレアケースではないはずです。
 会社の構造上、ゼロイチのチャンスは、このような形でめぐってくることが多いと思うのです。

 たとえば、新規事業の立ち上げが組織決定されたとします。そのためのスタッフをいきなり新規採用するようなケースは稀で、多くの場合は現状のリソースをやりくりして、様子をみながらスタートさせることが多いはずです。必然的に、経営陣は既存の事業部門にスタッフを出すように指示を出すわけです。

 ところが、既存事業の部門長にはエース級のスタッフを出すメリットがありません。なぜなら、部門ごとに事業目標が設定されており、その目標を達成するためにはエース級の力が不可欠だからです。常に上限ギリギリの目標が設定されているはずですから、それは当然のこと。

 しかも、新規事業が成功したとしても、評価されるのは新規事業の責任者であって、エース級のスタッフを出した部門の長が評価されることはほとんどありません。だから、エース級を手放さないのは、きわめて合理的な判断なのです。

 しかし、だからこそ「2番手、3番手」にゼロイチのチャンスが巡ってくることになります。組織のメカニズムを理解すれば、「優秀ではないから、ゼロイチのチャンスは巡ってこない」と考えるのは誤りだとわかるのです。むしろ、「非エリート」のほうが可能性があるのです。