「0」から「1」を生み出す力を日本企業は失っているのではないか? そんな指摘が盛んにされています。一方、多くのビジネスパーソンが、「ゼロイチを実現したいが、どうしたらいいのか?」と悩んでいらっしゃいます。そこで、トヨタで数々のゼロイチにかかわった後、孫正義氏から誘われて「Pepper」の開発リーダーを務めた林要さんに、『ゼロイチ』という書籍をまとめていただきました。本連載では、その一部をご紹介しながら、「会社のなかで“新しいコト”を実現するために意識すべきエッセンス」を考えてまいります。

 

「今までになかったモノ」をつくり出したい

 ゼロイチをやりたい──。
 社会に出る以前から、僕はそう思っていました。

 決められたことを延々とこなす仕事ではなく、誰かがつくった「1」を「10」にする仕事でもなく、自分の手で「0」から「1」を生み出すような仕事がしたい。「今までになかったモノ」をつくり出して、世の中を「アッ」と驚かせたい。そんなことを夢見ていたのです。

 もちろん、青二才の単なる妄想。まだ何の実績もないわけですから、自信のもちようもありません。むしろ、そんな妄想とは裏腹に、そもそも自分が社会で役に立てるのかという不安のほうが強かった。記憶力がきわめて悪いこともあり、決してテストは得意ではありませんでしたし、趣味には熱中してきましたが、抜きん出た成功体験があったわけでもありません。しかも、極度の人見知り。会社でうまくやっていけるだろうかと、あれこれ心配したものです。

 あのころから17年。
 そんな僕でも、いくつかのゼロイチにかかわることができました。

 チャンスを与えてくれたのは、トヨタ自動車とソフトバンク。新卒で入ったトヨタでは、入社3年目に同社初のスーパーカー「レクサスLFA」のプロジェクトにたまたまエントリー。それまでの常識を覆すようなチャレンジを成功させることができました。その後、トヨタF1のエンジニアとして渡欧。最速のレーシングカーを生み出すために、ゼロイチのアイデアを形にする経験を積みました。

 帰国後は、量販車の製品企画部に異動となり、チーフエンジニアのもとで開発をマネジメントする仕事を担当。慣れないマネジメントの仕事に当初は苦しみましたが、多くの関係者と力を合わせてプロジェクトを前に進める醍醐味を知ることができました。

 孫正義社長と出会ったのは、ちょうどそのころ。孫社長の後継者育成機関であるソフトバンクアカデミアに外部生として参加したのです。孫社長のリーダーシップを間近に学び、マネジメントの仕事に活かすことが目的でした。

 ところが、これが転機となりました。
「ウチに来い」と孫社長に声をかけられたのです。「何をするんですか?」と尋ねると、「ロボットだ。人と心を通わせる人型ロボットを普及させる」とおっしゃいます。これ以上のゼロイチはない……。そう思った僕はソフトバンクに転職。世界初の感情認識パーソナルロボット「Pepper」の開発リーダーとして働くチャンスをいただいたのです。

 そして、Pepperが世の中に受け入れられるのを見届けたうえで、2015年9月にソフトバンクを退職。「世界のどこにもない、心を満たしヒトを支えるロボット」という新たなゼロイチにチャレンジすべく、「GROOVE X」というロボット・ベンチャーを起業しました。40歳を過ぎて、残りの人生の過ごし方を考えたとき、このタイミングで一歩を踏み出すことに躊躇はありませんでした。もちろん不安もありますが、志を同じくする仲間たちと充実した毎日を過ごしています。