姉は本当に「不幸」だったのか?
幸福は追い求めるものではない

 彼女たちの価値観を、「一昔前の学歴観」と切り捨てることは簡単だが、このエピソードには今の時代を生きる人にも通じるものがあるのではないだろうか。富美のわが子の教育にかける思いなどは、筆者は心情的に理解できるつもりだ。親ならば、子どもに学歴で苦労をさせたくないと思うものだろう。この家庭では、それがいびつな形にまで肥大してしまったのかもしれない。

 この親子をベースにして、「学歴病」を考える上でいくつかのポイントを書きたい。まず、姉の冴子である。本人は自分のことを不幸と思っているようだが、不幸と言えるのだろうか。後になってみないとわからないが、別れた男性は結婚しないほうがよかった相手かもしれない。また、独身で子どもがいないことは不幸だろうか。筆者が取材をしてきた人のなかにも、明らかに不幸せな夫婦や親子はいる。男性と女性の関係は、一概には「幸か不幸か」を評価できないものだ。

 さらに、50代半ばの冴子は、男女雇用機会均等法の施行以前に就職活動をしていたことになる。その苦労は、今の20~40代の女性の比ではないはずだ。会社員としては相当に優秀である可能性が高い。そのことに目を向けてきただろうか。世間を見渡すと、心や体の病で働くことができない人も、リストラなどで辞めていかざるを得ない人も数え切れないほどいる。そうした人たちと比べれば、50代半ばで企業の部長を務める冴子ははるかに満たされている。

 人は何かをしたから、あるいは何かを得たから幸福になるというものではなく、今の生活や人生の中で「自分は満たされている」と感じ取ることができるかどうかの違いだけなのではないか、と筆者は思う。幸福は追い求めるものではない、と思えてならない。冴子は見方によっては、実は「幸福」と感じることができる生き方をしてきたはずなのである。

 中高年になり、「学歴病」になる人の特徴はここにある。目の前の現実から幸福を見つけ出し、生きていこうとすることなく、「こんなものは自分にはふさわしくない」と不満や劣等感を抱える。そして、数十年前の「過去の栄光」に浸ろうとする。だから泥沼化する。

 前述の3人の生き様から考えるべきは、時代の変化と学歴の価値である。富美が10~20代の頃と2人の娘が10~20代の頃とでは、学歴の意味や価値が大きく異なる。富美が10~20代のときは、世間では大卒が重宝される人材だった。それに対して冴子や節子の時代は、大学進学率がすでに30%を超えていた。

 当時から、上智大と青山学院大は立派な大学ではある。だが、大卒が多数ひしめく時代においては、その学歴だけで希少価値があるとは言いがたい。「上智大卒+α」という、学歴以外の付加価値を身につける考え方が必要だったのではないか。「+α」と言える高い技術やスキルを身につけないと、社会では十分には認められないだろう。