なぜ人間は、人工知能と戦おうとするのか?
中野 ところで、李世ドルさんとAlphaGo対局でもそうですが、どうしても「人間」対「人工知能」という対抗軸で語られがちですよね。どうして「人工知能の力を借りながら、協調して発展しよう」という議論にならないのか、すごく不思議なんです。
林 これはまさに、この対談の第1回で話題に挙がった「類似性」と「獲得可能性」に近いものだと思います。冷静に考えれば、人工知能は僕らの生活を豊かにしてくれる1つのツールです。
でも、まだ新しくて未知の部分が多い存在な上に、考えていることも僕らに近いし、「僕らの仕事を奪おうとしている」としてよく話題になっている。だから、単なるツールとして冷静に見ることができない人が多いと思うんです。どうしても「競合」として見てしまう。だから「人間が対抗すべき存在」として語られてしまうんですよね。
中野 不思議ですよね。私はむしろ、人工知能を頼りたいですよ。今すぐにでも自分の頭に接続して、記憶すべきことを代わりに全部覚えてほしいし、考えるべきことを代わりに考えてほしいです(笑)。そうなったらどんなに楽か(笑)。でも、そんな楽しそうな未来を話してくれる人があまりいないのは寂しいです。
林 もったいないですよね。人間は「合理性のない生物」として今も進化していて、その人間がつくり出した「合理性の塊」が人工知能です。合理性の塊である人工知能は、しっかり育てれば、不合理な人間のために尽くしてくれる存在になる。協力したら無敵のはずなんです。
中野 そうそう、「合理性を欠く」というのも人間の弱さと言えるかもしれませんが、実は、その弱さがあるからこそ人間はここまで生き延びてきたように思うんです。
林 そうですね。実際、「合理性を欠く」という弱みから得ているものも、人間には多くあるんですよ。
たとえばイチロー選手は、今でこそ世界的なスーパースターですけど、その幼少期にものすごく賢い人工知能を搭載していたらもっと活躍するスターになっていたかというと、そうではないと思うんです。
賢い人工知能はとことん合理的に考えますから、野球選手を目指す前に「怪我のリスク」を考えます。次に自分のDNAを解析して、野球選手としての自分の才能が、世界中にあるDNAの上位何%くらいにいるのかを考えるでしょう。続いて経済的な事情を考える。
こうして思考を進めていくと、人工知能を搭載したイチロー選手が「野球選手になる」という決断を下す可能性すらほぼゼロに近いんじゃないでしょうか?むしろ、イチロー選手は合理的に考えて野球を選んだはずがない。「好き」だから、「楽しい」から、野球にのめり込んでいったわけです。ここに、人間の強みがあるんです。「弱み」を超えた「強み」。「合理性」を超えた「思い込み」です。それゆえに人間は道を切り開いてきた。
中野 共感します。野球が好きだから、野球にのめり込んだイチロー選手が、日々の健康管理や練習メニューに人工知能を使えば、さらにすごい打者になるんじゃないかと思います。だけど、その根本にある「野球をやる」「野球にのめりこむ」という部分は、非合理的で根拠のない「思い込み」にあるはずですよね。
林 ええ。そもそも、人類の歴史がそうだと思うんです。人間の起源は、アフリカという温かい土地に誕生して、そこで生きていたんですけど、いつの間にか気温の低い北のほうへも移っていきました。これができるのは、人間が合理性を超越しているからなんです。もしも人工知能だったら、過去のデータの中でもとくに確実なものをベースに、合理的に考えますから、「そんなに北に住んで大丈夫なのか。データがないからやめよう」「その地にはちゃんとした食事があるのか。データがないからやめよう」と考えていたはずです。
人間が未開の地をどんどん切り開いて、地球に今のような世界が広がっているのは、イチロー選手が今のポジションを築いた過程と共通項がある気がするんですよね。
人間が「合理性を欠く」という特徴に自信を持って、その人間の特徴を最大限に助けてくれる人工知能を育てていく。これが、人間と人工知能が協調して生きていく道だと思います。
(つづく)