テレビでも話題の脳科学者で『努力不要論』などベストセラーを連発する中野信子さんと、世界初の感情認識パーソナルロボット「Pepper」の元開発リーダーで初著書『ゼロイチ』を出した林要さんによる対談の第2回。「人間」対「人工知能」の囲碁対局から、2人は何を感じたのか。人間は人工知能をどう受け止めればよいのか。脳科学・人工知能開発それぞれの見地から導き出した答えは?(構成:前田浩弥、写真:榊智朗)

「忘れる」という機能を人工知能に実装できるか?<br />人間の「弱さ」が「強み」になる時代が来る!脳科学者の中野信子さん(左)と、Pepper元開発リーダーでロボット・ベンチャー「GROOVE X」を設立した林要さん。

「ひらめき」こそが、人工知能を凌駕する強み?

林要さん(以下、林) この対談の第1回で、会社の先輩に「宇宙人」と名付けられた話をしました。「新しいこと」にチャレンジするうちに、「お前は宇宙人だな」と言われたんです。そして、“宇宙人ブランド”のおかげで、さらに「新しいこと」にチャレンジしやすくなったわけです。

 話はこれで終わらなくて、実は、「宇宙人」としての経験を積み続けていくうちに、発想も豊かになっていく実感があったんです。無意識に、理屈なく「これはこうじゃないか」ってひらめくことが多くなったんですよね。理屈なくひらめいてしまう分、その「ひらめき」を人に説明するのがなかなか大変なのですが……無意識にひらめいたことを、意識してなんとか後追いしながら理屈をつけているようなイメージです。

中野信子さん(以下、中野) わかります、その感じ。

 僕は、ひらめきとしての「こうだ!」という答えが出るのは、先天的な力ではないと考えています。生まれつきの天才の子どもが得るひらめきと、僕の生むひらめきは違う気がするんです。持って生まれた頭のよさというより、後天的に得た情報が、脳の「意識的な部分」と「無意識的な部分」の両方と作用し合いながらひらめくというか……。それは論理の積み重ねでは決してなくて、論理を超えた何かがあるような気がします。

中野 すべての問題は論理の積み重ねによって解決されるのか、論理ではたどり着けない「ひらめき」という要素が解決するために必要な問題もあるのかは、いろいろなところで議論になっていますよね。言い換えれば「ひらめきは論理の積み重ねか否か」という問題です。

「忘れる」という機能を人工知能に実装できるか?<br />人間の「弱さ」が「強み」になる時代が来る!林要(はやし・かなめ) 1973年愛知県生まれ。東京都立科学技術大学(現・首都大学東京)に進学し、航空部で「ものづくり」と「空を飛ぶこと」に魅せられる。当時、躍進めざましいソフトバンクの採用試験を受けるも不採用。東京都立科学技術大学大学院修士課程修了後トヨタに入社し、同社初のスーパーカー「レクサスLFA」の開発プロジェクトを経て、トヨタF1の開発スタッフに抜擢され渡欧。「ゼロイチ」のアイデアでチームの入賞に貢献する。帰国後、トヨタ本社で量販車開発のマネジメントを担当した際に、社内の多様な部門間の調整をしながら、プロジェクトを前に進めるリーダーシップの重要性を痛感。そのころスタートした孫正義氏の後継者育成機関である「ソフトバンクアカデミア」に参加し、孫氏自身からリーダーシップをたたき込まれる。その後、孫氏の「人と心を通わせる人型ロボットを普及させる」という強い信念に共感。2012年、人型ロボットの市販化というゼロイチに挑戦すべくソフトバンクに入社、開発リーダーとして活躍。開発したPepper は、2015年6月に一般発売されると毎月1000台が即完売する人気を博し、ロボットブームの発端となった。同年9月、独立のためにソフトバンクを退社。同年11月にロボット・ベンチャー「GROOVE X」を設立。新世代の家庭向けロボットを実現するため、新たなゼロイチへの挑戦を開始した。著書に『ゼロイチ』(ダイヤモンド社)。

 人工知能の開発にも大きく影響しそうな問題ですね?

中野 まさにそうなんです。3月に、囲碁棋士の李世ドルさんと、コンピュータ囲碁プログラムの「AlphaGo」との対決がありましたよね。その中でAlphaGoが、難局を回避するために、人間の常識では考えられない「変な手」を打ったことがありました。

 人間と人工知能の差がいちばん出るところがここだといわれていますね。人間の場合は、ひらめきによって「うーん……これだ!」と手をひねり出したり、あるいは不利を認めて投了してしまったりする。でも人工知能は違う。難局を避けるために変な手を打つんです。でも結局、そこから総崩れになって負けたりするのですが……。人工知能がこのような部分を克服できるのかどうかというのが、開発者にとっては課題になるでしょう。

 一方で「人工知能vs人間」という対抗軸で見る人にとっては、この「ひらめき」の部分をどう生かしていくかというのが、人工知能に負けないための最後の砦になるのかもしれないですね。

 人工知能という視点から見ると、AlphaGoが使っているディープラーニングの手法は、過去と比べるとだいぶ人間に近づいているんじゃないかと思いますね。AlphaGoが「変な手」を打ったというのは、おそらくデータの蓄積が足りずに、かなり不確実なデータの中から無理矢理答えを出したからこそのことだと思います。

 しかしそこさえも、これから経験を積んでいくと正確な答えが出せるようになるでしょう。これが、いま研究が進んでいるディープラーニングのすごさなんです。つまり、過去のデータがたくさんある場合には、人工知能は圧倒的に威力を発揮する。だから、逆に、僕は、過去の事例がたくさん取れるようなところはもう、人工知能に任せていいと思うんですよね。