第2章

8 

 森嶋と早苗は近くの居酒屋に入った。

 全国チェーンの若者に人気のある店だ。かなり騒がしいが、日本各地の地酒があり、地方の特産料理を出すことで有名だ。

「この店は事務所の仲間とよく来るところよ」

「ここで新しい都について語り合ったわけですか。でも、内緒話には向かない店ですね」

 しかし、騒がしさの中にどこか懐かしさを感じる店だ。

「最初は小さな声でね。そのうち大声になるんだけど、誰も何を話してるのか分からなかったでしょうね。20代、30代の生意気そうな若いのが、国家の顔の話をしてるなんて」

「新しい国を造るのは、いつの時代も若者です。なんだか明治維新を思い出します。ここは京都の料亭なんですよ」

「その言葉づかいやめてくれる。私はあなたより若いでしょ。父が上司でも、私とあなたは関係ないわ」

 早苗は強い意志を感じさせる目で森嶋を見つめている。父親に似ているのはその目だけだ。すっきりした鼻筋や優しさを感じる口元は母親似か。

「そうだな。いずれ僕は発注者側になり、きみは受注者側だ」

 森嶋は早苗に向かって笑いかけた。

「その言いかたもやめた方がいい。だからエリート官僚は嫌がられるのよ。父も若い頃は、そういうのが鼻についたって母が言ってた」

 早苗は生ビールを一気に3分の1ほど飲み干した。

 森嶋はグラスに口を付けただけで早苗を見ていた。

「飲まないの。全然減ってないじゃない」

「きみが飲むのを見てたんだ」

「イヤな趣味ね。本当は、私と別れたら役所に帰って仕事をするつもりなんでしょ」

 森嶋は答えられなかった。その通りだったのだ。

「ほんと、イヤな性格ね。楽しむときはすべてを忘れて楽しむの。いい加減な楽しみ方しかできない人間は、いい加減な仕事しかできないって」

「誰の言葉?」

「父よ。人生は一度、だからすべてにベストを尽くせって。でも、口先だけ。あなたと同じ。あとでコソコソ仕事をしてる。だから官僚は嫌われるの」

「きみはよほど官僚が嫌いらしいね。お父さんが官僚だっていうのに」

「でも、母と知り合ってずいぶん変わったって。母がエリート官僚なんて相手にしなかったので、変わらざるを得なかったのよ。でも、今日は許してあげる。父と同じだから。それに、あの模型を見た後ですものね。どうせ家に帰っても眠れないでしょうから」

 この言葉もその通りだ。早苗はからかうように言ってはいるが、すべて当たっている。官僚のパターンなんて同じなのかもしれない。