「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした『武器としての組織心理学』が発売された。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした画期的な1冊だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock

部下の影響戦略に「リーダーの評価」が表れている

 組織心理学では、部下が上司に要求するときに用いる方法を、「(上方向への)影響戦略」と呼んでいます。

 部下の影響戦略を見ることで、上司は自分が部下からどのように見られているのか、内省する機会を与えられます。

 この影響戦略は、9種類に整理されています。[1]

(1)合理性:事実にもとづく証拠や専門的な情報を示して、論理的に説明する。
(2)情熱性:熱意を込めて、相手の価値観や理想に訴えかける。
(3)相談性:意思決定や計画立案への参加、あるいは支援やアドバイスを求めたりする。
(4)迎合性:上司の機嫌を伺い、意見に同調する。“偽の民主主義”的なふるまい。
(5)交換性:承諾してくれたら次は必ず援助すると約束する。昔の恩を思い出させる。
(6)個人性:要求する前に、個人的な関わりを持ち出して依頼する。
(7)より上の権威性:より高い権威者の支持、ルールや慣習などを盾にして訴える。
(8)主張性:従うべきルールを指摘し、繰り返し要求する。ときには脅しや圧力を含む。
(9)結託性:同僚や自分の部下の支持を取り付けて訴える。

 例えば、(1)は合理的な戦略で、(2)は情緒面をより重視した戦略です。

 並び順の数字が小さいものはソフトな影響戦略、数字が大きいものほどハードな影響戦略です。

 部下は上司と良好な人間関係を築けていると思えば、要求を通そうとする際に、合理性や情熱性をもって上司に訴えかけるでしょう。

 しかし、部下が(7)あるいは(8)や(9)のハードな影響戦略でもって、上司に要求をしてくるようであれば、上司─部下の関係は危険な状態です。

 部下から信用されていないと認識すべき関係性と言えるでしょう。

戦略を選ぶ部下の心

 どの戦略を使おうか─その決め手になる要因はいくつかあります。

 一般的には、人は自分の言動によってどんな結果になるか、その効果を予測した上で一番効果があり、かつ自分が実行できる範囲内にある影響戦略を選びます。

 とくに重要なのは、相手(上司)が誰か、どんなタイプの人か、でしょう。

 独裁・専制的な上司とチームワーク重視の配慮的な上司を想像すれば、わかりやすいはずです。

 独裁・専制的な上司から納得のいかない指示をされたら、ただ黙って従ってしまいがちです。

 要求をする際も控えめに、上司のご機嫌を損ねないようにと、必要以上に神経が使われます。

 一方、民主的な上司であれば、自分が納得いくように説明を求め、自分の仕事の状況もわかってもらおうとするでしょう。

 前章でお話しした、社会的な資源交換関係(資源交換を頻繁かつ十分に行っていて、相互に信頼し合った関係性)にある上司に対する場合もこれと同様で、部下は合理的な説明をし、納期や協力体制の相談や代替の提案をするなどして解決を試みる傾向にあります。

 他には、何があなたの言動の選択を左右しているでしょうか。

 例えば、タスク(要求の内容)によっても、私たちは影響戦略を使い分けています。

 仕事の改善案や商品企画や予算を思い通りに承認してもらおうとするときや、自分の希望するプロジェクトに志願しアピールするときなど、組織的な目標やそれにかかわる要求の場合には、客観的なデータを含めながら、ロジカルに説得しようと試みます(合理性の戦略)

 他方、家庭の事情などで個人的な配慮をお願いしなければならないときにはどうでしょう。

 和やかな雰囲気のときに、下手に出ながら話をもちかける傾向が強くなります(迎合性の戦略)

 おもしろいのは、多くの人は、仕事の場面においては合理性の戦略が最も効果的であると認識していますし、研究上でもその効果は認められています。

 そうであるにもかかわらず、仕事上のさまざまな要因を考慮して、正論だけで押し通すわけではないのです。

 ときに相手を慮り、可能な限りことを荒立てずに解決しようとして影響戦略を調整しています。

 逆に、性質がまったく異なる戦略がとられることもあります。

 いわゆる、倍返しや謀反と呼ばれるのがそれです。

 要求を通そうとする思いが高まるほど、いわゆるハードな戦略を選択するようになります。

 不満に思うことが繰り返されたり、提案書や改善案に対して十分な説明がないまま、いつまでも聞き届けられなかったり、明らかに不当な扱いを受けたときなどです。

 たとえば、同志を募り、その総意として直訴する可能性もあるでしょう(結託性の戦略)

 ここまでくると、部下にとっては、会社人生を賭けた闘いそのものです。

脚注[1]Yukl, G., & Tracey, J. B.(1992). Consequences of influence tactics used with subordinates, peers, and the boss. Journal of Applied Psychology, 77 (4), 525.

(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)