『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(通称:もしイノ)の刊行を記念して行われた、著者の岩崎夏海さんとカドカワ社長の川上量生さんの対談、後編です。『もしイノ』のなかの重要なテーマである、「教育」「イノベーション」について、小説の中身と関連付けながら解説していきます。
(構成:崎谷実穂、写真:京嶋良太)

教育はしたくないから、目の前のカードで役をつくる

川上 主人公の夢ちゃんは、「居場所をつくる」という役割を与えられますよね。そのときに「人事担当」という言葉が使われている。これはすごくおもしろいと思いました。たぶん、企業に就職するとき最初から人事部を希望する人って、あまりいないと思うんです。そんなに花型の部署には思われていない。でも、『もしイノ』で夢ちゃんがやるようなことを「人事」と呼ぶなら、人事部の人気が上がるだろうと思いました。人事の大切さに気づかせてくれる小説ですね。

岩崎 そうですね。人事をやっている人には、ぜひ読んでもらいたいなと思って書きました。川上さんご自身は、経営者として人事についてどう考えていらっしゃるんですか?

勝つためには、がんばるより型を学べ!<br />イノベーションのための思考パターン

川上 経営にとって人事はすごく重要ですよね。でも僕としては、人事はずっと逃げてきたテーマなんです。人事って、継続性が大事じゃないですか。メンテナンスをしないと機能しない。1回システムをいじれば終わり、ではなくてフォローアップまで含めてやるのが人事ですよね。そういうのが、僕は苦手なんです。

岩崎 掃除みたいなものですよね。毎日やらないとホコリが積もっていってしまう。では教育はどうしているんですか? 『もしイノ』のテーマのひとつが教育なんです。

川上 教育はしません。僕は基本的に、目の前にあるカードだけで役をつくりたい。

岩崎 でも、ドワンゴ内には教育を担当している人がおそらくいますよね。教育によって、入った時はぜんぜんダメだったプログラマが、劇的にスキルを身に着けたという例などはないんですか?

川上 うーん、それは教育というより、経験によるものだと思います。ある環境に置かれて、経験を積むと人間は成長する。教育というのは、その環境を人工的にシミュレーションして与えるものですよね。それはやっぱり、一種の嘘だと思っていて。そういう意味では、僕は実戦のみが教育だと思っているところがあります。

岩崎 川上さんは、経営者としてその実戦の場を用意するということでしょうか。

川上 それを教育と呼ぶならば、そういうことは考えています。でも学校的な、座って「さあ、なにか教えて下さい」というようなものは、すごく冷めた目で見ています。

岩崎『もしイノ』では、マネジメントは強みを活かすことで、教育は弱みを克服することだとしているんです。

川上 それで言うと、けっきょく教育ってマネジメントの範疇なのではないでしょうか。あえて別立てするほどのものではない。ドワンゴも研修などはやっていますから、教育をしていないわけではないんですよ。でも、教育が機会を与えるものだとすると、それを受け取って成長するかどうかは本人次第ですよね。教育で強制的に人を変えられるか、というと疑問です。

岩崎 では、N高等学校など、教育事業を始められたのは、なぜなんですか?

川上 N高校は、既存の教育制度に対する挑戦です。それは社会的に意義があると思ってやることにしました。自分は仕事やりつくしたから、これからは後進に自分の経験を伝えたいとかいう人って多いじゃないですか。ぼくはそういう気持ちで教育と言い出したワケじゃないです。生涯現役でいたいから。