280万部のベストセラー『もしドラ』待望の第2弾、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(以降『もしイノ』)を記念した特別対談の後編です。著者の岩崎夏海氏と、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』の入山章栄氏が、『もしイノ』と世界の経営学について語り合いました。なぜ、ドラッカーの専門家ではない岩崎氏がこの本を書けたのか? 経営学者から見た『もしイノ』の魅力と本質とは? 二人の白熱したトークは続きます。
(構成:田中裕子、写真:宇佐見利明)
「バウンダリースパナー」としての強みを活かす
岩崎 『世界の経営学者はいま何を考えているのか?』を読んで、自分は「知の範囲」を橫に広げて多様性を高める「知の探索」が、比較的得意なんじゃないかと思ったんです。なぜかというと、少年時代に夢中になったおかげで野球についてそれなりに詳しかったり、勉強では東京藝術大学に入って美術を学んだり、社会人になってからは秋元康さんの弟子になったり、その過程でドラッカーに興味を持ったり……。ひとつひとつはつながっていないように見えるけれど、とにかく広範囲のことに興味を持つ。これが僕の個性かな、と。
入山 岩崎さんのような方を経営学の言葉で「バウンダリースパナー」、境界連結者と呼びます。ある分野の境界を飛び越えて、違う分野と行き来できる人ですね。僕の場合、アメリカの大学で研究していた数少ない日本人の経営学者だからこそ、世界と日本の境界をつなぐ役割が担えているのかもしれない、と思っています。僕のことはさておき、じつは成功する人にはバウンダリースパナーがけっこう多いんですよ。
岩崎 周りから見たら「なんだかよくわからないけどそれなりの立場を確保しているやつ」という感じでしょうね。飛び抜けて得意なことがあるわけではないのに、なぜか居場所がある。
入山 おっしゃるとおりです。僕はアメリカにいるときの経営学の授業で、マドンナの事例をよく扱っていました。ファンに怒られてしまいそうなので大きな声では言えませんが、マドンナって冷静に考えると歌はそこまでうまくないし、ダンスもそこそこだし、演技もたいしたことないんですよ。でも、40年くらい「スーパースター」という職業を続けられている。なぜかといえば、彼女は「知の探索」のようにいろいろなことに手を伸ばしているんですね。
岩崎 なるほど。
早稲田大学ビジネススクール准教授。慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)。2015年11月に3年ぶりの新刊『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』(日経BP社)を刊行。
入山 例えばマドンナは、1980年代前半にMTV(音楽&エンターテインメント専門チャンネル)ができ、それまで「聴く」ものだった音楽に「見る」要素が加わったことをうまく活かしました。歌手としてただ歌うだけでなく、きわどい衣装で躍る。映像に力を入れる。さらに、女優業にも手を出してみる。会社を興す。執筆活動も行う。どれかひとつを極めるのではなく、ミックスすることでうまくいったわけです。
岩崎 いまその話を聞いて、スティーブ・ジョブズの話を思い出しました。彼はスタンフォード大学の卒業式で、カリグラフィの講義に潜ったことが後にマッキントッシュの開発に役立ったことを挙げて、「コネクティング・ザ・ドッツ」(点と点をつなげる)という言葉を残しました。それを聞いたときに「あ、僕もそうすればいいんだ」と気づいたんです。ずっと「芸大を卒業したことなんて何の役にも立たない」と思っていた。けれど、たとえば本の文字詰めやカバーデザインに芸大で学んだ美的感覚を活かせば、作家という世界においてもそれを役立てることができたわけです。
入山 まさに、過去を振り返ってみると、点と点がうまくつながっているということですね。
岩崎 少し前まで、ちまたでは「スペシャリストの時代」と言われていました。専門性がないと生き残れないと。でも、たとえ飛び抜けた専門性がなくとも、得意分野をいくつか持って、それらを組み合わせられれば、それなりに生きていくことができるんだなと実感するようになりました。
入山 経営学的にはまさにその通りですね。だからこそ、「なんだかよくわからない人」が成功するんですよね。