ドワンゴはどのように「イノベーション」を見つけるのか

川上 僕はイノベーションって、本質的にアービトラージの一種だと思っているんですよね。つまり、他の人にとって盲点である何かしらの差を利用して、その利ざやを稼ぐようなもの。電王戦の例だと、人間が本来持っている思考の制限によって見つけられないような手を、コンピュータは見つけることができる。ここには、新しい手筋を見つけるイノベーションがあると思います。僕はいつも、ライバルの意思決定機構はどうなっているのかを、シミュレーションしているんですよね。そこには、何らかのパターンがあるはずなので。

岩崎 意思決定のパターン、ですか。

川上 人間の思考パターンというよりも、組織の思考パターンかな。人間の思考パターンはけっこう柔軟性があるけれど、組織の思考パターンってかなり硬直しているんですよね。だから、その組織の出す決定というものに、アービトラージがたくさんあると思っているんです。例えば、集団で意思決定していると、「バカなもの」って通りにくいんですよ。

岩崎 ああ、「何を言っているんだ」とまじめな人が却下しそうなもの。

川上 そうです。だから、僕らはあえてシャレで企画を決める。なぜかというと、シャレの企画なんか一般の企業の会議では絶対に通らないから。よそがやっている意思決定の手段から推定するとおよそできないようなことを、あえてやる。それがイノベーションとなる可能性はあります。

岩崎夏海(いわさき・なつみ)
1968年生まれ。東京都日野市出身。東京藝術大学建築科卒。大学卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として多くのテレビ番組の制作に参加。その後、アイドルグループAKB48のプロデュースなどにも携わる。著書に『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(ダイヤモンド社)など多数。

岩崎 そう言われれば、川上さんはドワンゴ人工知能研究所を立ち上げたときも、他社が人工知能の可能性を探っている中で「人工知能に『何ができないか』を知りたかったからつくった」と発言されていましたね。それも同じ発想なんですね。

川上 まあ、あれはそう言ったらカッコいいかなと思って言ったんですけどね(笑)。

岩崎 たしかにずいぶんカッコいいなと思って、記憶に残っていました(笑)。

川上 あれはけっこう僕の興味本位でスタートしたものなので、そこに合理的な理由を求められたら困ると思ったんです。「理由を求める」というのも、集団の意思決定のひとつのパターンですよね。理由がないことはやれないんです。

岩崎 それ、すごくわかります。僕も、それに対するちょっとしたアイロニーを『もしイノ』のラストシーンで描きました。

川上 やっぱり、制限から自由になるというのがすごく大事なんですよね。イノベーションというのは競争を避ける手段なので、そのなかでは何をやってもいいんです。だったら、せいぜいおもしろくやったほうがいい。例えばある企業で利益目標が今期35億円だったとします。経営者は、それが33億になるか、37億になるかをすごく注視していて、33億にならないように社員に努力を強いたりするわけです。でも、本当は33億になろうが37億になろうが、何の意味もないんですよ。だったら、その2億円をムダなことに使ったほうがおもしろいと僕は思う。会社がつぶれないならね。

岩崎 使っちゃうんですか。

川上 はい。だって、つぶれないということは、その2億円は本来ある自由度なんですよ。本来ある自由度を、自主規制で殺しているんです。それを使うと、使った分はじつは貯金になるんです。

岩崎 貯金? 2億円減るのではなく?

川上 だって翌年以降2億円使うのをやめたら、その分利益が出るわけでしょう。それは貯金ということですよ。背伸びした利益を出すより、よっぽどいい。しかもムダなことに使うといっても、本当にムダなわけではないんです。経済合理性がないけど、何らかの意味があることに使う。そうすると、それは無形の財産になります。

合理的でない選択をすることで、魅力的な企業になる

岩崎 なるほど。川上さんはずっと前から、「競争しない」ということを繰り返しおっしゃっていましたし、任天堂さんの話とかも、すごく影響を受けました。

川上 任天堂さんは本当におもしろい企業ですよね。任天堂さんって、うちのゲームイベント「闘会議」の冠スポンサーなんですけど、冠スポンサーということがあまり世に知られていないんです。それは、冠スポンサーなのに、イベント名に社名を入れないでほしいと。それはうちの流儀じゃないからとおっしゃるんです。でもそれじゃあ何のために冠スポンサーになったのか(笑)。こういうところが、僕はもう大好きなんですよね。明らかに合理的な説明がないんですけど、そこがすばらしさだし、そういう判断がどこかで強みになると思うんです。

岩崎 会社としての魅力になると?

川上 そうですね。普通は外部のルールに縛られて、なかなか自由な意思決定ができないんですよ。でもまれに自由な意思決定ができる企業がある。理解されないことをやり続けるというのがかっこよさだと思うし、僕もそうありたいと思っています。マンガや小説だとよく、破天荒な主人公に感情移入したりするじゃないですか。それは人間が心のどこかで、社会のしがらみから逃れたいと願っているから。僕は物語の世界だけでなく、現実の世界でもそういうむちゃくちゃなことをやると、感動や共感が生まれると思っています。

岩崎 何よりそうすると、やっている本人がおもしろいですよね。

川上 そうなんです。そして、エンターテインメントの会社は、経済合理性の面からも、そういう意思決定が許される可能性があるんです。企業の存在までもエンターテインメントに昇華したとき、ひょっとしたら企業ブランドへのロイヤリティが高まるかもしれない。そういう可能性が、かすかにあります。

岩崎 「かすか」なんですか(笑)。

川上 大抵は失敗すると思うので(笑)。でも、それを信じて行動することが、エンターテインメントの会社にはまだ許されているんですよね。

岩崎 確かに! 実は、僕もこの1年くらい、誰からも理解されないけれど自分の会社で自主制作映画をつくって、ネットで発表してきたんですよ。でもそれは正しかったんだなって勇気づけられました。合理的でない決定そのものを、おもしろがってもらえる企業になればいいんですね。そして、いろいろなコンテンツに触れてこられた川上さんに、「『もしイノ』はおもしろい」と太鼓判を押していただけて、とてもうれしいです。