今やゴジラは
世界的キャラに

 この夏の日本の映画は、『シン・ゴジラ』と『君の名は。』の2つが大ブームを巻き起こしていることは、筆者もニュース等で知っていたが、先週『シン・ゴジラ』が筆者の住むマレーシアでも公開になった。

日本人観客の多くが圧倒的リアリティを持って描かれていると感じる、国家の意思決定プロセスや放射能汚染の恐怖だが、外国人にはイマイチ伝わりにくい。その理由はどこにあるのだろうか? (C)2016 TOHO CO.,LTD.

 ハリウッド版ゴジラの影響もあって、ゴジラはすでにブランドとして世界中でポピュラーになっているため、プロモーションもしやすいのだろう。

 日本公開から2ヵ月でマレーシアでも公開された。北米マーケットでの公開が10月なので、それよりも若干早いリリースとなった。

 筆者は、実は監督の庵野秀明氏の映画は、実写、アニメを問わずほとんど観ている。代表作の「新世紀エヴァンゲリオン」も、当時アメリカ留学中だったにもかかわらず、日本の友人から録画したビデオテープを送ってもらい、すべて観ていた。氏が無名時代に手掛けた「風の谷のナウシカ」の巨神兵登場シーンも好きな場面の一つだ。氏の映画の中には、好きなものもあり、そうでないものもあるため、熱心なファンではないが、筆者にとっては、創った作品は必ず観たくなる監督といっていいだろう。

 したがって、いつもは家族サービスの側面が大きい映画鑑賞も、今回は怪獣大好きな5歳の息子と変わらないはしゃぎっぷりで観にいった。

 観たのは公開2日目の金曜の夜の回で、200人ほど入るシネプレックスは3割程度の入りだった。マレーシアでは、メジャーな超大作は満員近くになるが、普通はこの程度である。ゴジラが有名とはいえ、公開直後に勇んで観にくるのは、日本のアニメやソフトコンテンツに興味のある若者だけだ。実際、筆者が見た限り、劇場にいたのは筆者家族を除けば、家族連れは一組もなく、すべてマレーシアの若者だった。

 また、映画文化が根付いていないマレーシアでは、映画鑑賞マナーもあまりよいとは言えない。つまらなければ、グループ同士で関係ないおしゃべりが始まるし、平気で携帯を見だしたりする。また本編が始まってから、どやどやと入ってきて、人の視界を遮るのを気にもせず、うろうろする人々もちょくちょくいる。

 そんな感じで、今回も映画館が暗くなって、予告編が始まってからも、ずっとおしゃべりに興じている客や携帯をいじっている客が多くいた。

 だが、映画が始まると周囲のことはどうでもよくなった。日本のニュースやネットの書き込みから、絶賛されていたのは知っていたが、最初のカットから最後まで、一時たりとも目を離せず、まさに「固唾を飲んで」観ていた。

 多くの映画評が述べているように、凄い傑作だと思った。だが、映画が終わると、奇妙な感覚に襲われた。正確に言うならば、映画を観ている最中にもその感覚はあった。最初は映画に集中していたので気づかなかったが、終わりに近づいてから徐々にそのその正体がわかった。