ソフトのマネタイズは非常に難しい
これからはリアルやハードが重視される

朝倉 今、冨山さんが例に挙げたUberもそうですが、他にも民泊サイトのAirbnbなど、シェアリングエコノミー関連で台頭してきた企業は、遊休資産をうまく運営してビジネスの発端としています。けれど、最終的な“解”として、彼らは資産として土地を所有することになるのではないかと思っています。やはり、そのほうが圧倒的に強いですから。

「結局、フィジカルなものが強い」と冨山さん

冨山 そうですね。いずれ自動運転が普及してくるわけだし、僕がUberの経営者なら、駐車場を押さえますね。タクシーと自家用車の境がなくなっていくだろうから、事業の効率性を考えると、乗らない間に車をプールしておける駐車場が必要になるよね。結局、フィジカルなものが強い。

朝倉 最終的には、有限なものに回帰するということですね。中国人がシリコンバレー近辺の土地を買いまくって相場も上昇しているのですが、あれも同じですよね。

冨山 非常にグッドポイントですね。複製が不可能なものは世の中に2つ存在していて、何かといえば「場所」と「時間」です。先程のNetflixの例で言えば、同社が扱っているエンターテインメント作品は複製できるから、アーカイブになった瞬間から価値がどんどんゼロに近づいていきます。ところが、コンテンツの中でも価値が下がらないのがライブで、それも圧倒的に強いのがスポーツです。スポーツの試合には筋書きがないので、その瞬間を見ていなければ感動が100分の1になってしまう。だからこそ、多くの人たちが夜更かししてでもオリンピック中継を見るわけですよね。ライブで見ないと価値がないことを、無意識に自覚しているのです。

朝倉 確かに、その瞬間にリアルタイムで楽しみたいものですよね。それに、一方の「場所」も手堅いですね。ミクシィの社長を務めていた頃、つくづく不動産ディベロッパーは羨ましいと思いました(笑)。ソフトウェアは本当に浮き沈みが激しく、もちろん意義のある事業だとは思うのですが、ゴーイングコンサーンを考えれば、粛々とキャッシュフローをもたらす不動産は魅力的です。

冨山 そうですね。だからこそ、代替性のないランドマークといえる土地の値段は上昇し続けています。そういう土地を抑えれば独占的に賃料を得られます。現に、ニューヨークやシンガポール、東京の土地の値段が上がり続けているし、「時間」のほうで言えば、FIFA(国際サッカー連盟)とIOC(国際オリンピック委員会)は世界最強のライブコンテンツを握っているのです。

「シンプルなビジネスに回帰する」と朝倉さん

朝倉 これだけウェブが普及しソフトウェアが進化しても、結局は極めてシンプルなビジネスに回帰するということですね。

冨山 インターネットが急速に伸びていた頃は、情報を媒介すること自体に独占性がありました。だから、媒介を手掛ける事業者にお金が集まったのですが、今は違う。ブロードキャスティングも、電波が免許制であったために数局の寡占状態でしたが、ケーブルテレビの登場によって一気に多チャンネル化し、さらにネットで配信が始まって、もはや誰にでもできるビジネスです。だから、Netflixは自前のコンテンツを作ろうと、オリジナルドラマ作品の製作を始めたんでしょうね。おっしゃるとおり、リアルな世界へとコアバリュー(中心的価値)が回帰してくると僕は思っています。

朝倉 参入障壁がなくなると同時に、伝統的な“中抜きビジネス”が通用しなくなってきたということですね。

リアルに強い日本企業が成功するには
オープン&クローズのハイブリッド型経営を

冨山 アマゾンにしても本当の参入障壁は物流であって、リアルフィジカルなところでしか独占状態を生み出せないと彼らは熟知しています。アップルにしても、iPhoneというリアルな商品が一番の収益源になっている。

朝倉 では、シリコンバレーという言葉から想起されるようなソフトウェアのスタートアップ中心の潮流が今後も続くかと言えば、それはわからないということでしょうね。

冨山 そうでしょう。実際、スタートアップ的な事業でマネタイズできていないじゃないかという疑いが持たれ始めていませんか。ふと気づけば、携帯界隈で最も収益が安定しているのはリアル(インフラ)を押さえている通信会社でしょ。日本でいえば3社の寡占状態で、ケタ違いに安定的なキャッシュフローを稼ぎ出しているわけです。

朝倉 非常に羨ましいビジネスモデルです。

冨山 ソフトは新しいものを生み出す力を秘めているものの、代替性のない状態を維持できければマネタイズ(収益化)を果たせません。そうなってくると、改めてリアルやハードがビジネスにおいて重要であるという認識が高まってきますし、実際にそうなりつつあります。

朝倉 だとすれば、その面で強い日本の産業も捨てたものではありませんね。

冨山 ただし、リアルだけでは戦えないのも確かです。リアル型に強い日本企業がソフトの開かれた世界にどれだけ窓口を開放できるかどうかが問われてくるでしょう。つまり、オープン&クローズのハイブリッド型経営が求められるはずです。

朝倉 多くの日本企業はこれまでの思想を変える必要があると。

冨山 よく日本の製造業は自前主義だと言われますが、“主義”と呼べるほどのフィロソフィー(哲学)があるとは思えない。いかにもサラリーマン的な発想で、外注してオープンにするのにリスクを感じているだけでしょう。終身雇用制の中で、「なぜ競争相手にわざわざ教えてやるのか!」と怒られるのが怖いから、結果的に自前主義になっているのだと思います。

朝倉 組織における思想やカルチャーを変えることは、可能でしょうか?

冨山 僕はトップダウンしかないと思う。あるいは、もっと人材の流動性が高くなると変わってくるでしょう。

朝倉 終身雇用制だからこそ、組織の中に暗黙知が蓄積されていくというお話が出てきましたが、要はオープンとクローズのバランスの問題ですね。

冨山 そうですね。まずは、完璧なクローズ化でノウハウを結集させてがっちりと稼ぐ部分を確立する一方で、もはや共通ルール化している部分は最も安価なものを外部調達する。競争と協調の領域をトップが明確に示すことが大切だと思います。